おじさんの小さな日常 7・8月分
 

 

      

 

          

       

                     日が短くなりました  8/30
 

 すっかり日が短くなりました。っていうほどみじかくなったかなぁ・・ぼくは3階の屋根裏から外をみながらつぶやいたのです。いえね、散歩の途中で、近所のオバサンからそういう風に挨拶をされたのです。最近はけっこうキチンとした大人になりつつあるぼくは、キチンと

 「はい。まったくもってその通りですね。日はどんどん短くなります。でもって昼間は、きっとあっという間に夜に抜かれますね。夜に。ハハハ」

 と答えました。オバサンはきょとんとしてぼくを見つめ、しばらく見つめ、それから哀れむような目でぼくを見ながら「暑い日が続いたからね」と言って去っていきました。

 ぼくはしばらく去っていくオバサンを見つめ、さらに見つめ、そんでもって考えました。そしてもう少しキチンと、その挨拶関係の勉強をしなければイカンなと思ったのです。あのね、特に暑さのせいではなく てね、ぼくはいつもキチンとしようすると、なんだかトンチンカンになるのです。

 なるべく今日は挨拶関係をしないようにと心がけ、とっとと帰宅しました。

 ケンタクンはいいですよね。傍目で見てもヤツは犬だから、挨拶の返事が「グルルルルルー」だの「ウッオンウッオン」だの「ウガッツウガッツ」だのでも、じっつ見つめられて去っていくオバサンはいませんからね。

 あのね、ほんというとヤツなんかは、この夏の暑さで半分狂犬化しているのですから。ほんとは見ただけで去っていかないとオブナイのですから。いっときますけど。

 さてと、ぼくは6時なのに薄暗くなった景色をみながら、それでもそんなにまだ日が短くなったとは思えないでいます。しかしよくよく見ていると、なんとコウモリが飛び回っています。やはりこの時間 でのコウモリ野郎の出現は、それだけ夕方がはやくなったということでしょう。

 暮れていく景色を見ながら、オバサンへの挨拶について考えました。あの場合はどういう風に挨拶を返せば、じっと見られたり、さっさといなくなったりされないのだろうかと 考えたのです。たとえばですよ

 「そうですね。まったくもって日が短くなりましたね。でもって昼と夜の境目は遠近両用メガネの境目と一緒ですね。ヨクワカンナイカラ・・・ガハハハハ」

 なんていうのはダメかなぁ。もっと足早に去っていくかなぁ。んじゃあこれなんかはどうだ

 「はい、たしかに日が短くなりました。おっしゃる通りです。夜はどんどん長くなりますねぇ。そのうち夜だらけになりますねぇ。でもってずーーーーっと夜が続いたりしたら、コウモリの天下ですねぇ・・ガハハハハ」

 えと、別にふざけてはいません。真剣に考えているのです。なにしろキチンとした大人への計画をこの初春にたて、その予定にしたがうと、なんとこの秋には、ぼくはすばらしいキチンとした大人に変身をしているのです。スゴイのです。そうなるはずなのです。だから真剣です。

 「いやはや日が短くなるのはなんとももの悲しいですね。 哀れさえ感じますね。漆黒の闇は夜の訪れと共に深まり、そんでもって魑魅魍魎が跳梁跋扈するのですねぇ」

 少し近所のオバサンとの何気ない挨拶にはふさわしくないですかね・・・んじゃあ最後に留めの一発を

 「そうですかぁ、やはり昼間がねぇ、夜にネェ、負けますかぁ。昼と夜の闘いは勝負ありましたかネェ」

 どうですこの辺で。

 

 

               

                                   夏が少し戻った日に・・   8/29
 

 

 友人が電話をくれた。悲しい話だ。ぼく同様、家族のように接してきた飼い犬が死んでしまったとのこと。たった一晩の入院で旅立ってしまったそうだ。

 ぼくはいつものことだが、こういうときに大人の会話ができず、「ずいぶんと急だね」なんてアホな返事しかできないでいた。まったくもってだらしないのだが、こういう基礎的な大人としてのイロイロが、対応が、まるで習得できていない。すこし恥ずかしい。

 先日友人と会った際に、この月の末に引っ越すと聞いて、一番初めに気になったのが飼い犬の「L」チャンのことだった。犬も人間同様、その生活場所には愛着も執着もあると思う。その感じ方はその犬がどのような生き方をしてきたかによって違う。このへんは犬と生活した経験がないと理解できないかもしれないな。

 彼の愛犬は、その過去にずいぶんと悲しいものがあると聞いていた。それだからよけいにぼくは気になったのだ。今月末に引っ越すとなると、ずいぶんと家の中はワサワサしていたに違いない。話せばわかることでも、感覚でしかわからない彼らは、家族の顔、動作、そして環境で判断する。

 もし、同じような環境の変化が過去にあり、その結果悲しい思いをした経験が残っていて、そのかすかな記憶が蘇ったとしたら、とても動揺したに違いない。もちろんそんなことは、ぼくの勝手な思い込みで、たぶん関係ないかもしれないけどね。

  友人の転居にあまりふさわしくない話だと思い、ぼくは「犬は大丈夫なのと」聞くだけにとどめた。そしてそのことをすこし後悔している。できるだけ、こういうときこそ、愛情を過分に与えるべきなのかもしれないからだ。

 けれどよくよく考えたら、ぼく以上に飼い犬を可愛がってた彼のことだから、たぶん、より大きな愛情とケアをしていたに違いない。それでも環境の変化は、ぼくらが想像する以上に、「L」ちゃんには厳しかったのだろうね。

 いま「L」チャンは、彼と友に暮らした日々を、楽しかった日々を、嬉しくて楽しくて素敵な思い出だけを、あの小さな胸にいっぱい詰め、そして旅だっていったにちがいないのです。端から見ていてもとっても幸せそうだったから。  合掌

 

 

                            カタツムリよ、オマエはいったいどこに行ったのだ  8/28
 

 

 ずっと以前に、最近アメンボウをちっとも見ないと、ぼくはここで(たぶん)書きました。アメンボウは池や沼の水面で生活しているのだけど、昔はちょっとした水溜りがあればかならずいたものです。だから ね、こういったかならずどこでもいる虫などは、ぼくら少年探偵団は完全にムシし、でもっていまごろだと、たいがいは鬼ヤンマなどを追っかけていたものです。

 いま書いていて気がついたけど、いまどきの都会に住まう若人は、ひょっとしたらアメンボウや鬼ヤンマそのものを知らないのではないでしょうか。どうなんですかねぇ。あ、いちおう念のためいっときますが、アメンボウは冬はいません。石の下なんかでじっとしています。でもって春が やってきて、ほんもののタンポポが咲くころ、奴らは水面に戻ってきます。 

 でね、その行方不明仲間に、さいきんどうやらカタツムリが入りそうなのです。どうですかねぇ、ぼくなんかとんとみないのですがね。もっとも地方の、ここいらよりもっと自然が残っている空気キレイ。人々の心キレイ(のように見える) な場所では、あっちこっちの葉っぱの裏に、ちょこんとのっかっているのでしょうかね。

 それとも洋行帰りのハイカラお兄さん達が、ぼくらはパリでうんとカタツムリを食べたので、日本でもうんと食べるのですとばかり、そこいらじゅうのカタツムリを取っては食い取っては食いしちゃったせいで、それでいなくなったのでしょうか・・・そんなことはないですよね。ハハ。

 さてと、いつものように話がブーーーンと変わります。どう変わるかというとブーーーーンと変わるのです・・・・ふざけるのはいいかげんにしなさい!と怒られそうですがブーーーンと変わることには違いないのです。

 ここで告白します。なんとぼくは、ぬか漬けを毎日しているのです。告白するほどのことはありませんか?ぼくはとにかく数ヶ月前、とあるスーパーオザム清瀬店でぬか漬けのセットを買ったのです。それでもって毎日朝晩糠をかき混ぜ、おいしい糠漬けを作っているのです。毎日食べています。でね、けっきょくのところそんなんで塩分の取りすぎになってしまったのです。

 ここで問題です。じつは昨晩、なんとぬか漬け用のキュウリがなくなっていたのです。まいりました。たりなくなるような場合は、散歩の途中などで農家の出店から買っておくのですが、昨日は日曜日でイロイロなことを考えることをしない日なので、うっかりしていました。

 そこでぼくは、冷蔵庫の奥のほうにあったキュウリに近いものを漬けてやろうと考えたのです。キュウリに限りなく近いそれは、少々まわりがイボだらけなのです。しかし形状はキュウリにかぎりなく近く、少し太めのキュウリなのです。

 今朝ウキウキしてその成果をたしかめるべく、糠から出したそれをていねいに洗い、少しばかり切り取り食べました。食べましたが・・・食べ・・ ガーーーーーーン。

 言葉になりません。いままで食べ物でこのような恐怖をおぼえたことはありません。なんということでしょう。ぼくの可憐な脳味噌はその悪魔的な苦さにすっかり記憶の1週間分をなくしました。そううえ身体能力の2週間分をもぎ取られそうにもなりました。その場にアヘアヘと座り込むほどです。

 おまけに台所は、なんと苦瓜のニギニガ臭でイッパイです。耐えられません。ぼくはそのままにして仕事に出かけてしまいました。あとはどうなったのでしょう。じつはね、かえっていまこの文章を書いているのですが、家人が見当たらないのです。ひょっとしてニガニガ臭の攻撃を受け、家族揃って入院したりしているのでは・・・ちょっとオーバーですかね。

 とりあえず文句言われるのがいやだったので、携帯電話は電源を切っておきました。だから騒ぎはぼくのところへ届いていないのです。助かりました。

 えとみなさん、もし、冷蔵庫にキュウリが無くても、絶対に苦瓜をキュウリの変わりにぬか漬けしようとは考えないようにね。想像以上にひどいですよ。苦さが。

 

 

                

                            きょうからぼくは変わります・・・そう決心しました  8/27
 
 

 朝起きてぼくは突然決意しました。なんときょうから新しいぼくになるのです・・・

 あのねぇ、なんでも決心すりゃいいってもんじゃぁないのだよ。たくなぁ、おめえさんはわけわかんないの極地だな。でもって顔でも洗ってもう一度寝なさい。そうすりゃぁ目が覚めっからね。

 なんていわれそうですね。ヘヘヘ。

 まったくもってそのとおりです。なにしろひどいときには朝昼晩と生まれか変わったりします。もっとも本人(ぼくですが何か!)はいたって真剣で、けっこうそのたびに、遠くの山々を指差し、明日からのぼくは今日のぼくではありません。山々よ。なーーんて言ってしまうのです。えとこのあたりでも冬はね、近所の開けたところへ行くと秩父の山々が見えるんですよ。

 さて今日の決心ですがね、これがたいへん。何がタイヘンかと言うと、このさきぼくはいつも、食事の際は腹八分目にするとキッパリと決めたのです。かなりキッパリです。いっときますがこの決心はそうそう揺るぎません。さらにしょっぱいものは一切食べないことにしました。太ることはよくないのです。しょっぱいものは避けるべきです。

 友人たち(福島の太っているけど優秀な教員とか千葉の太っているけど優秀な役人とか近所の太っているけど近く引っ越してしまう優秀な犬好き)が太っているのは、いつも、きっと、腹いっぱいおいしいものを食っているに違いないのです。彼らもそのうち、キチンと自分を律することを学ばなければいけないと自覚するでしょう。

 さて、なんでそんなに急に決心したかと言うと・・残念、じつはおととい、とある小島電気越谷店で、ズラッと椅子を並べて、来る人にどうぞ血圧を測ってください。そんでもって買ってくださいと置いてある健康器具の血圧測定器に、ふらふらとつい手を差し込んでしまったのです。そしたら・・あー恐ろしい。なんとぼくの最高血圧が163と出てしまいました。

 その数値を見た瞬間、ぼくのか弱いバンビ心臓は正常な働きを止め、動くこともできず、10分ほど微弱鼓動で生死をさまよいました。やっとのことでその場を離れることができたのは、キレイな(木村カエラに似た)美女店員が「あちらのマーッサージ機もお試しになっては」などと、耳元で囁いたからです。

 ぼくは心臓が一気に正常値・・いや健康値になり、飛ぶようにマッサージ機に飛び乗りました。

 「えと、どういう風にするとうごくんですかぁ。」などと、わかっているのにわかならい振りをしたのは、きっと心臓がまだ正式に動いていない状況だったのでしょうがないのです。ぼくのせいではありません。

 まぁとにかく、いろいろとご教授いただきました。ぼくの場合はしょっぱいものの取りすぎと、過食が原因で血圧が普通じゃなくなっているとのこと。そこで「アナタのような美しい方にイロイロおしえていただくとさらに血圧が上がります」と真剣な眼差しで言ったところ。ちょっと用事がとかいっていなくなり、ついに帰ってくることはありませんでした。失礼なヤツです。

 一晩寝て、朝起きて、そこでさらにいつもより深く思索した結果、やはりぼくはこれから先、悲しいがしょっぱいもの関係と過食からは、絶対におさらばすることに決心したのであります。

 

 

 

                            なんだかなぁ・・・・  8/26

 
 

 そういう日もある。

 なんて自分に言い聞かせてはみたけど。ぼくはそういう日がけっこう多いのです。えっ?何のことかわからないって・・そうか、そりゃそうだね。「そういう日」だけじゃぁわかりっこないね。

 あのね、エヘン(ここで咳払いがひとつ入ります)。おじさんは、なんと、いつもいつも深く思索しているので、けっこう端から見ると考える人状態のポーズをとっているらしいのです。考える人ポーズとは、例のロダンの彫刻のアレです。ただしあの格好をしているのではなく、なんとなく深く深遠な思索をしているという感じを世間に振りまいているのです。

 あ、違うな。振りまいているいるらしいのです。そう見えるらしいのです。じっさいは単純で、世の中よくわかんないことだらけなので「まいったなぁ」と、思っているだけなのです。しかし、ぼくの長年の思索行動が、たとえそれがどんなにトンチンカンなことであろうと、ぼくの身体全体から思索オーラを発生させているのです。スゴイのです。

 さてと、きょうの「なんだかなぁ」は、いわゆるわけわかんないの「なんだかなぁ」とはちょっと違います。それは「なんだかなぁ」と自分に向かって言っている「なんだかなぁ」なのです。あまりにも平凡すぎる人生を・あまりにも社会に流されている自分を・あまりにも自分勝手な自分を叱っているそれです。

 じつはね、朝ラジオを聴いていたら、ある本の紹介をしていました。ちょっと前に少し評判になった本です。著者の三宮 麻由子さんは、4歳のある日、突然光を失ったのです。たった4歳です。見えなくなったことさえ充分に理解できず、方向感覚のないまま動き回り、走り、そして傷だらけになりました。心身ともにです。

 そんななかでも彼女は、聞こえてくる鳥のさえずりによって「空」の存在を体感するといった、ぼくなんかには到底習得できそうもない感性をみがき、独自の世界を広げていったようです。いまでは蚊の羽音で蚊の野郎の健康チェックさえできるそうですよ。8月の蚊は元気がよく、9月のそれは、やはりどこか物悲しいそうです。

 本の名前は 『鳥が教えてくれた空』。この本で三宮さんは第2回NHK学園「自分史文学賞」の大賞を受賞しています。

 健常者の自分には気づかない世界があることを・・・そのことさえまるっきり気づかない毎日をすごしているということに大いなる反省です。そんな「なんだかなぁ」なのです。

 でね、反省しすぎて脳味噌が重たくなったものですから、今日はケンタクンとのロング散歩に出ました。約1時間ほどふらついて気がつきました。そうですぼくも脳味噌が健常者のそれとは少し違う働きをしているので、なんと飼い犬との意思疎通がある程度できるのです。スゴイのです。もちろん悪意のある意思(昨日のような)は理解できませんがね。

 すこし秋風のふくなか、ぼくとケンタクンはちょっといつもより軽やかな歩行をです。ケンタクンはめずらしく、すれ違う犬にも牙をむくことがありませんでした。なんだか気持ちがキレイになったような気がします。単純ですね。

 

 

 

              When will I see you again   8/25

 
 

 軽快なリズムがオッサンの身体を動かす。たまには屋根裏で、一人、身体でリズムを取りながら、こういうグループの曲を聴くのもいいもんだね。スリーディグリーズというグループは黒人の女性三人組です。ちょっと検索してみたら「怒涛の胸キュンポップス」なんて書いてあった。

 さてと、ぼくは今日杉並区の○○邸に午前中いたのです。到着早々、朝早くにかなり強い雨が降ったと、その家のオジイサンが口をとんがらしてぼくに言います。ぼくも口をとんがらして「そうですかぁ、強い雨がぁ、どうりであたりがバケツをひっくり返したようになってるわけですね」と、到着早々でしたが、キチンとした大人なので話を合わしました。

 我が住まいは埼玉の新座市というところです。まわりは畑や雑木林がまだ残っている、わりと武蔵野の面影のある場所です。そこいらでは今朝は雨が降りません。移動中に横浜や川崎で注意報が出ているのを聞きましたが、杉並当たりでもけっこう降ったようですね。

 そういえば話がポーーーンと飛びますが、この「小さな日常」を今朝読み直していたら、誤字脱字・変換ミスその他がたいそう多いのにガクゼンとしました。もっとも気づくだけましで、普段は気づきもしないのですがね。でもって気づいた範囲内だけ直しておきました。まったくいつもキチンとしていないのです。

 またまた話がポーーーンと飛びますが、いま聴いている曲はディーンマーティンの「誰かが誰かを愛してる」です。7時半から屋根裏に閉じこもっていろいろしていますが、バックに流れている曲はすべて昔の曲です。みんな知ってるかなぁ。ちょっと書き出してみますね。

ロコモーション
ハロー・ドーリー
ロコモーション
ヘイポーラ
ブルーベルベット
シェリー
愛なき世界
悲し慕情
アイウィルフォローヒム
キャントバイミーラブ
ジョニーエンジェル
抱きしめたい
トゥーヤング
悲しき少年兵
 

 この後にスリーディグリーズの曲が続きます。あまり長いあいだ身体を揺さぶりつづけたので、少し船酔い状態です。嘘です。そんなわけがあるわけない。

 朝方、口をとんがらしてしゃべるオジイサンにひとしきり時間をあずけたせいか、ぼくの精神はすこしタイムバックしています。ジイチャンの独り相撲にぼくは心地よさを感じていました。あのね、ときどき会うこうした独りよがりジイサンに、なぜかぼくは親近感を覚えるのです。なんとなくわかるでしょ。

 あのね、少々余計なことかもしれませんが、世代を超えた人生の蓄積は、若い世代には成長の源泉となりますよ。核家族など、まったくもってもったいないのです。先人の蓄積は良くも悪くも貴重な情報ですから。

 おっ、なんとブレンダ・リーのライブ版が始まりました。、ぼくは彼女の歌が大好きです。聞いていてね、なんていっているかよくわかるからです。キチンとした発音で歌います。それと、日本の歌手の日本語をがよくわからないのはね、はっきり言いますがぼくの年せいではありません。彼らがキチンと発音していないのです。

 When will I see you again たぶんみんなも同じと思うけど、大事にしているいくつかの曲は、二度と会えない人の思い出でいっぱいなのです。かなわないまでも、それでも、いつかどこかでもう一度会えることができたらなどと、ついつい思ってしまうのはね、いつまでも子供精神のぼくの得意技です。

 

 

               

                 汚れることに・・・それほど抵抗はない   8/24

 
 

 友人からのメールに、少しばかり考えさせられました。まぁ、はっきり言って、ふつうはそれほど考え込むことの内容ではないのだけど、それはそれ、いつも言うように、ぼくは世間並みの標準精神とは少し規格が違い、ちょっとばかしおとといの方に精神が曲がっているので・・・であるから、まあしょうがないのでありますね。

 詳しい内容は私信なのではしょりますが、まとめるとこういうことです。友人の生活環境では、やはり地域性からか、ひとの和がたいそう大事で、何をするにも多数の意見の集約をもって成す。ということです。

 まぁこれは大事なことには違いありません。ただし友人のメールでは、自分の考えていること、あるいは地域社会にとって有意義であることが、ただ前例のないということではねつけられることの不条理を訴えていたのです。

 ぼくは返信をしました。めずらしく即日です。でもって返信してから・・・友をまた一人失ったかな、と思いました。いつでもぼくは後先を考えずに行動をします。そんなんで組織社会ではツマハジキデス。それでも後悔はあまりしません。ただし、それでなくとも少ない友人をなくすことは・・・やはり少し寂しいですね。

 返信 ++++++++++++++++++++++++++++++++++++

 たぶんね、君が考えているほど世間は一枚岩ではないね。君がそれほど真剣に思うなら、その方向に進むべきだよ。そうでなければ、ただの後悔が残るだけだな。

 一枚岩ということはね、和を重んじて結論をだしているように思えるだろうが、おっとどっこいずいぶんと違うんだ。どっちに転んだ方が有利かなと考えているだけなんだね。それははっきり言って、地域やそこに住まう人々のことなんか小指の先っちょほども考えていないことの方が多いよ。

 それからね、正しい指導者とか勇気ある指導者とか、もう少しましな人が先頭に立って指導してくれればなんていう考え方は、ナンセンスの一言だね。たった一人の、あるいは一握りの人々に指導してもらうことの危うさを、そうした社会の悲惨さを、ぼくらはうんと歴史で学んできているはずだよ。

 さらに付け加えるとね、みんながもろ手をあげて賞賛し、拍手をして迎えてくれる政(まつり)ごとなんかありゃしないよ。だいぶ君はトンチンカンだな。

 君はずいぶんと地域を攻撃するけど、世の中の、あるいは社会の汚さは、ぼく以上に君は知っているじゃないか。そんな社会を容認して、そのうえで、君はいまのステージを、そしてスタンスを持ち続けているんだ。それが君の選択だろ。

 改革なんて言葉をいまさら聞きたくないな。きれいごとやことばの美しさで、ほんとうの改革が成されないことを、30年も前に身体で学んだはずだ。忘れたかい。

 ぼくはいまでも自分の手をよく見る。拳を握りしめてじっと見る。そうして、それがぼくの唯一の正義だと信じていた時代と自分を思い出すんだ。わすれないようにね。たぶん君は、ぼくを、いつまでも青いなと思うだろう。だとしたら、だとしたらもう二度とぼくに連絡をしないでほしい。ぼくは変わらないし変わりたくないのだからね。

 最後にどうしても君に伝えたいことがある。いつも、いつでも、いつまでも、考えることの大事さを意識すること。念頭においてほしいということ。それでさ、人生は一度だぜ、頼むから汚れることを恐れないでほしいな。美しい文章を、あるいは美しい物語を読めば、その程度の汚れなんかあっというまに消えちまうよ。どだいいやらしい意図さえなければね、人生は汚れないもんさ。

++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++

 真剣になにかに応答することを、恥ずかしいことのように言う人々がいますね。それだけでなく茶化したりします。ぼくはそういうことが大嫌いです。

 であるのでつい真剣に思いをぶっつけてしまいます。反感をもたれます。そんな人生ですがいいこともあります。それはストレスが溜まらないこと。もちろん少しはありますよ。たとえば飼い犬が人を襲わないか心配であるとか。あるいはとつぜん女子高生から愛を打ち明けられたらどうしようとか・・・・・

 

 

              

                                 知能程度は・・たぶんぼくよりうえだろう   8/23

 
   

 遠くの入道雲を眺めていたら、知らず知らずのうちに横丁から真っ黒な黒雲が押し寄せてきました。ちょっと前まで、見事に当たりかまわず真夏のお日様の威力を見せつけていたのに、黒雲の襲撃にはなんとも非力ですね。おかげで暴力的な 陽射しが一休みです。

 だいぶ精神がトンチンカンなぼくは、真夏のこの陽射しに、「ナメンナヨ」とばかし挑戦的な目を向け、「熱中症になるわよ!」という家人の注意をまるで相手にせず、ベランダにバスタオルをひいて日光浴です。「オメェみたいなウスラトンカチ太陽に負けねぇ」と強がっていました。

 とにかく家長であるので、いったん発した言葉は重いのであります。でもって太陽などに背を向けられないのであります。であるからして熱中症ギリギリの状態でもあったのですが、引くに引けない状態であったのです。

 ぼくはうつろな目をなんとかしばたかせ、暴力的なお日様に、そのはたらきのほとんどを破壊されつつあった脳みそを、このときとばかし覚醒させるべく、水道の蛇口をひね って頭から水を浴びました。

 「ウオーーッ、なんとも気持ちいいいぜ。たくなぁ、昨今の太陽野郎はだらしねぇ。ハハハ」

 おもわず声がでます。強がりもここまでくると見事です。われながら感心します。

 ぼくと違い、たいへん賢く可愛い飼い犬は、賢くもその暴力的な陽射しを避け、日陰で静かに身体を横たえていました。なんだか身体全体が心臓になったみたいに、ぶかぶかと胴体が動いています。強すぎる陽射しのせいでしょうか、いつもより 精神が偏っていたぼくは、それをみてケラケラと笑い「オメェはゼンマイで動くおもちゃの犬だ。ガハハハおもちゃだ」と、よせばいいのに馬鹿にしました。

 賢く可愛いく凶暴な飼い犬は、目の奥のメラメラと燃え上がる炎を隠し、今日の散歩は何かが起こるといった目でぼくを見ていましたね。なにを隠そう我が家の賢く可愛い飼い犬は、ほんの少々ですが、ウスラバカ親父の話すことを理解できるようになってきているのです。

 ぼくはそこいらじゅうがさっきと違って薄暗くなり、アホ太陽の暴力的な陽射しが一休みしているのを確認して、ぼくは大粒の雨が落ちてこないうちにと、目の奥の炎メラメラ犬と一緒に散歩に出ました。

 悲しいことに、賢く可愛い飼い犬の目の奥炎メラメラ関係については、飼い犬と違ってぼくの能力は成長が止まっているため理解できません。したがって彼の恐ろしくも凶暴な、人でなし?ともいえる悪巧みを知る由もありません。

 はっきりいってそれは、たいそう恐ろしいことでした。日々、家族となっている人間からの、その愛情を一身に受けている犬のすることではありません。あまりといえばあまりの仕打ち。ぼくは叫びました。「オオォーー神よ、何処にオワセラレル」

 なんと野郎(賢く可愛急横暴な飼い犬)はですよ、けっこう足が長いので、よくスベるんですがね。でもってそのたびに足を痛めてはビッコをひいたりするんですが ね。野郎はその記憶をたよりに、ぼくをその小道のぬかるみに誘い込み、わざとそっち方向に紐を引っ張ってぼくをそのスルスルぬかるみに引きずり込んだのです。

 なんという飼い犬でしょう。ぼくはおもいっきりお尻からコロビ、いやっというほど尻から腰を打ち付けました。しばらくは息が思うようではないほどです。泥んこで 、しかも息継ぎもままならないぼくを、飼い犬はどことなくうれしそうに眺めています。

 ぼくは決めましたね。今日のご飯はキミのあまり好きでないトマトを大量に入れてやると。もちろん心の中で決めたのです。なにせ声に出すと理解され。こんどは何をされるかわからないからです。

 

 

                

                  つければいいってもんじゃあ・・・ないんだぜ!  8/22
 
 

 ちょっとばかしきついタイトルとなってしまいましたね。でもね、けっこうこのぐらいのタイトルでいいかなとも思っているんです。今朝、何かの記事を見ていたとき(今朝なのにもう忘れている)にね、大きくうなづいてしまったのです。

 それは信号や地域の表示についてでした。だいたいはこんなところです。東西南北をあまりに自由に使いすぎるといけませんと言う内容で、たとえば葛西地域などでの道案内などでは

 「えと、環状七号線の中葛西小学校からね、まっすぐ南へ下ってぇ、そんでもって葛西南高校北の信号を南方向へもう少し進んでぇー、そんでね、南へ下っても葛西南高校東の信号に当たるからぁ、それを西に曲がると南葛西なのでぇ・・・・」

 まぁ、はっきりいって、まったくもって記事の通り、おじさんなどは分けわかんなくなりますね。それで思いだしたのですがね、数年前に顧客からの依頼で、大宮市のプラザに行ってほしいと言われたのです。バタバタしていたので、たぶんプラザなので大宮駅前のどこかだろうと検討をつけていましたが、当日の朝キチンと場所を確認しようと・・・・???

 駅前には該当する場所がないのです。いくらなんでも住所にカタカナの「プラザ」なんぞがあるわけないと思っていましたから途方にくれました。でもとにかくとおもって地図の索引をあたると、なんとプラザなる住居表示がありました。

 あーーたねぇ、大宮市プラザ○丁目○番地ですよ、はずかしくないんですかねぇ、こんな名前つけて。ぼくなら絶対に反対しますがね。何かの書類に住所を記入するたびに赤面し、そのうち住所記入拒否症なる病気を発症するに違いないです。

 イカンイカン。一応念のため申し付け加えますが、上記はあくまでぼくの場合です。そこんとこはよろしく。プラザ大好き人もたくさんおられるでしょうからね。

 なにせこのへんの感想をのべることは、まったくもって難しく、非難のまとになりやすいのです。もう7・8年前になりますが、あるマガジンのコラム記事を書いていた頃です。そのマガジンは10000部以上の配信があり、当時はメジャーなマガジンでした。

 そこのコラムで、横浜の「みなとの見える丘公園」について感想をのべたのです。正直言うとちょっと茶化した記事ではあったのですがね。でもね、ぼくにしてはその「みなとの見える丘公園」というネーミングがなんともおかしく感じたのです。そこでそんなネーミングが許されるなら

 1  ゆうひの見える丘公園
 2  船の見える丘公園
 3  富士山の見える丘公園
 4  隣町の見える丘公園
 5  刑務所の見える丘公園
 6  スモッグの東京が見える丘公園
 7  脱衣所の見える丘公園
 8  混浴の見える丘公園
 9  元気な人々の見える丘公園
 10 とにかくなんでも見える丘公園

 とあれこれ書いたのです。そしたらたいへん、横浜市のたぶん「みなとの見える丘公園」大好き愛好会(そういう愛好会が実在するかどうかはさだかでない)の方々からお叱りのメールをだいぶいただきました。なにしろ横浜市では「みなとの見える丘公園」という公園が市の売りらしく、そのことを揶揄するような記事は許せないということだったのです。まぁ、でも、おかしいと感じたのは事実なので、ぼくはそのままにしておきました。

 けっきょく思うんですがね、わが国は、特に地域行政でのネーミング関係においては、その無感覚・無節操・無頓着・無遠慮はあまりにも激しく、いわゆるオバカとしか言いようがない状況ですね。

 ネーミングだけではないですよ、県道ぎわのフェンスにわけわけわかんない人形を乗っけたり、橋の欄干にお城をかたちどった造形をくっつけたりとメチャクチャです。都市や街の統一された美しさなど・・そんなことを考える頭は一切無しですね。

 

 

              

                     懐かしさのうらおもて   8/20

 
 

 初めて聞く音楽なのに、なんだかとても懐かしかった。

 いつも思うのだけど、ぼくたちの感性は、やはり幼少時の経験によるところが大きいとおもう。そしてそれらは成長にともない、自我が目覚めることで、それぞれ修正がおこなわれるらしい。

 修正は成長にともなっておこなわれるけど、それは改正と違って、ときには改悪もあるにちがいないね。ぼくなんかは、目覚めたのが小学生の終わりから中学生にかけてであったので、なんとも精神の成長が遅かった。それはいまでもひびいている。

 それでも、一応の成長はしたみたいなのです。だから、大人の仲間入りはさせてもらっており、大人としての体裁を維持するために日々努力もしています。なにせ努力しないと、なんともすばやく子供にもどってしまうのでありますからね。けっこうたいへんな努力がいるのです。

 それでもね、ぼくはいつも、子供のままでいることにあこがれています。ずーーっとあこがれてきました。それは大人社会のイロイロを感じるころからです。もちろんそんなことは論理だてて説明をし、理路整然と子供であることの重要性を、対極である大人に説明して理解を求めた・・・・なんてことはありません。どだいあらゆることで、努力をしないとこどものままのぼくには、できない相談です。なにせ思いっきりのこども精神なのですから。

 でね、「感性のままに赴く(おもむく)」、この表現が大好きなのです。この場合の赴くとは、同意する・あるいは従うと言う意味です。でもそれは、ぼくにとって許される場面がたいそう少ないのです。もちろん自分で勝手に決めていることなので、文句はいえません。

 ただ大人社会のすべてを捨て、それでもって感性の赴くまま、流浪の民となって生きることは、選択としてはいつでもあります。ただ選択しないだけです、少なくともいまはね。

 さてさて、冒頭のとっても懐かしい曲のことですが、それは50年代初期のアメリカンポップスです。けれどよくよく考えてみればすぐわかるように、ぼくは1950年生まれなので、懐かしさの根源がいまいち理解できません。懐かしさを感じる当時の曲は、中学生のときに受けたビートルズの衝撃と、同様の意味で懐かしむことはできません。なにせいくら遅いからといっても、有学生当時はある程度目覚めていたのですから。

 となると答えはカンタン、ぼくの幼少時の環境が、その50年代アメリカンポップスが日常的にあふれて、そこらじゅうにながれていたということです。しかもそれを心地よく・快く・嬉しく・楽しく聞いていた人々が、たくさんぼくのまわりにいたということです。さらにたぶん意識的に、たとえば抱っこしてあやしながら聞いていた、といった状況が加味されるかもしれませんね。

 さらにそうなると、ぼくの怪しげな記憶が結びつきます。ぼくが4歳ゴロまで生息していた当時の東府中は、東芝の府中工場が遠くに見えるだけで、他に高い建物などがない場所でした。家の周りは進駐軍の官舎がいっぱいです。友達の多くは混血児でした。

 それでも街道をひとまたぎすると、そこには正しい日本社会の人々が生息していて、正しい日本の子供達もいるわけです。無邪気なぼくたちこどもは、精神の上で線引きされているあっちとこっちを行きかい、たのしく遊びましたよ。

 それでも、なぜか進駐軍側に生息していたぼくは、いつも中途半端な気分を持っていたようです。もっとも当時の飼い犬との遊びは、そんな気分をずいぶんと紛らわしてくれました。

 悲しい記憶もあります。ある日線引きの向こうの、ただしい日本社会に生息する友達が、髭のオジイサンと一緒にやってきました。そして友達の腕をきつく握り、ぼくに向かって吼えるようにいいました

 「オマエ、この子と遊ぶのはヤメロ。二度と遊んだらイカン」

 だいたいこのようなことだったと思います。ぼくはその子と遊ぶのが嬉しくて、毎日のように遊ぶのが日課でしたよ、けど突然の髭のオジイサンの剣幕はたいそう恐ろしく、ぼくはただただ涙目でうなずいていました。

 オジイサンに手を引っ張られて帰っていく友達は、一度も振り返りませんでした。剣幕の恐ろしさで泣くことより、その後、じわっとやってきたもっとおおきな悲しみは、今でもぼくを悲しませるほどです。とても辛いですね。ちょっと言葉では表現できません。残酷です。

 進駐軍の官舎からは、いつでも軽快な音楽が流れていましたね。ウキウキするような軽快な音楽です。時々会うキレイな女の人もよくうたっていました。ある日親友のジョン(犬)と競馬場へ抜ける雑木林を歩いていると、遠くにあの子がいました。こっちを見ています。ぼくは傍らの倒木から木を拾い、大好きな遊び友達のその子に向かって投げつけました。涙目で、思いっきり。

 

 

 

                

          熊谷の商店街は飲食店でいっぱいだった  8/18

 
 

 先月末に行った熊谷市の同じ訪問先へまた行きました。先月はお祭り(うちわ祭り)だったのでアッチコッチで道路が規制されていたのです。なんともまともにたどり着けず、ずいぶんと遠くに車をおいて目的地に向かいましたよ。 疲れました。

 しかし今日の熊谷市は、道路の規制はなく目的地近くまで進入はOKです。しかし夏休みなので、子供がアッチコッチでアブナイ自転車走行をくりかえしていました。こっちはキチンと規制してほしいのです ね。

 さてと、ずばり言います。熊谷市は暑いです。それも通常の暑さではありません。と細木調でお話しましたが、それほど頭がおかしくなるくらい・・・暑かったです。帰りにローソンで、アイスを2個たて続けに食べました。飲み物は調整豆乳とポカリスエットの2リットルホボトルを買い込み、それこそ浴びるように飲みました。急いでのんだので少しほんとに浴びました。

 どうでもいいけど熊谷の暑さは、ぼくのようなか弱いバンビ心臓の持ち主には殺人的です。凶器の一種とも言えます。やはり生存の最低ラインでの呼吸をかろうじて保ち、それでもぼくは充分大人なので、キチンと、暑さで揺れる身体をバランスとりながら仕事を終え、先のローソンと相成ったわけです。

 熊谷市郊外のコンビには、まさに砂漠の中のオアシスといっても過言ではありませんね。まことにエライです。こういったところのコンビニには旭日章(勲章)をあげるべきです。こういうところにあげなければいけません。

 話はとつぜんそれて、なんと親の自慢になります。じつはこの旭日章を父親がもらっております。ほとんど家にいるか、いないときは外国にいた父ですが、いったいお国のためにどんな仕事をしていたんでしょうね。ほんとは知ってます。でも言えません。

 バカ息子のぼくは、それをだまって拝借しコイン屋に売り飛ばしました。当時(昭和40年ごろ)のお金で3万円です。びっくりしました。コイン屋のオヤジは、なんだかニカニカしたいやらしい作り笑いをしていたので、バカ息子が小遣いほしさに、親にだまって売りに来たのを知っていたのです。

 熊谷市の駅前商店街に話を戻すと、じつになんと飲食店が多いのが目に付きました。熊谷市の住民はきっと過去にたいへんひもじい思いをしており、そんでもってここはひとつ、キチンと、食べ物を中心とした街づくりをと考えたのでしょう。

 とにかく商店街を端から見ていくと「熊ソバ・CDショップ熊・大衆食堂熊・ベアー洋服店・ラーメン熊・和食の熊・イタリア料理のクマリターノ・くまクリーニング店・食堂熊・寄せ鍋熊・キッチン熊」といったようにほとんど食い物やなのです。ほんとです。ちょっと嘘もあります。

 さいきんの傾向は食い物屋でも、なんて言うんですか、いわゆる酒と料理を楽しめる居酒屋ってぇのが多いらしいです。ぼくは酒をのまず・タバコを吸わず・競馬競輪のたぐいは国を滅ぼすと考えている、とんでもなく健全なおじさんなので、そのあたりの情報には弱いのですが。それでも居酒屋の何たるかぐらいは承知していますよ。

 でね、その居酒屋への改装で、けっこう熊谷駅近くの商店街では、朝からトンカントンカンと改装工事があっちこっちでおこなわれているようです。来年あたりは居酒屋軍団が熊谷駅そばの商店街では、ハバをきかしているに違いないのです。

 来年もし行くような事があれば報告します。えとそれからほかに報告関係の話題はありません。お願いですから、あの「鳥ハム」はどうなったか?キチンとレポートを提出せよといったメールは送らないでくださいね。

 

 

 

        

                 鳥の胸肉でカンタンに鳥ハムができるらしい  8/16

 
 

 

 なんとも料理番組のようなタイトルですね。じつは今朝テレビをみていたら、まぁ昨日の今日なのであまり番組そのものには期待をしていなかったのですが、なんと真剣な面持ちで(知らない人ですがね)鳥ハム作りを紹介していました。

 しかも説明によると、なんとこの「鳥の胸肉による鳥ハム作り」は、ネットではたいへん有名で、知る人ぞ知るを通り越し、知らない人はフツウじゃないそうです。ほんとかなぁ・・

 とりあえずぼくもポータルから検索をしてみました。グーグルでは数千のヒットがありましたね。ハハハなんともびっくりです。えと突然ですが、ここだけの話ですが、なんとぼくはスーパーで買い物をするのが好きなんです。小さめのガラガラ台車に籠をのせ、アレコレと見て回るのが好きなんです。

 でね、いつも必ず買うのが鳥の胸肉です。であるので鳥の胸肉関係はけっこう強いのです。100グラム50円台であれば安く、ぼくはたいていこの値段で買います。でも調理はそれほど得意ではないのであります。友人のサイトなどで、うまく調理をして食している記述をみたりすると、なんともうらやましく思うのです。

 さて、今回その関係のサイトをアチコチとちょっと散歩しました。結果今日こそは、ぼくも調理をするべきだと即座におもいました。さらに出来上がった状態をも思い浮かべました。さらにさらに、ぼくはもうその時点で、ひょっとしたら調理に隠れた才能があると確信をしたのです。

 「なんでも確信すればいいってもんじゃないぞ」そんな読者の声が聞こえてきますが、ぼくもどこかの総理と一緒で聴く耳は持っていますが偏っています。であるからして不都合なものは聞こえないのです。それでいいのです。はい。

 さっそくこれから近くの?大型スーパーに行きます。仕事で使う材料を買いに行く予定でしたのでちょうどよいのです。あのぼくは近くと 思うのですが、考えたら人によってはちょっと遠いかも知れません。車での移動ではそれほどでもないのですが、ここいらの表現は難しいですね。場所は川越市です。そこには大きなモールがあり、一ヶ所でイロイロ済んでしまうので便利なのです。

 サイトの説明では、出来上がるまでに3日ほどかかります。であるので3日後ぐらいに、ぼくのHPでは、鳥の胸肉による高級鳥ハムについての、自慢たらたらの文章が載るに違いないのです。用心してくださいね。

 いま突然おもいましたが、ひょっとしたら、早くも調理人としてのカッコいい名前つけて、別のブログを作っていたりするかもしれませんよ。おじさんはけっこうすばやいのですから。

 話は変わりますが、今日は昼ゴロから雨はあがり、ひょっとしたら晴れるかもしれないそうです。いつも思うのですが、できれば夏の朝は、それこそガンガンの陽射しが頬を射し、そして「ウワァーー、マイッタマイッタ。タクッ暑いなぁー」などといながら起きるのを理想です。

 夏の朝のドンヨリ雨は気分が落ち込みます。気分が落ち込むメールを昨日もらったので余計です。落ち込むっていったって、お送りいただいたメールはたいへんありがたい内容のメールで、かなり恐縮してしまったのですが、自分の内なる問題としては、けっこうストレスなのです。

 であるのでその返信をどのような文面にしたらよいか悩んでいます。オジサンのちいさな心臓では、ちょっとした小さなストレスでも敏感で、もう既に生存に必要な最小限の働き状態となっております。

 したがってここいらでちょっと、大型ショッピングモールに行ったりして、さて鳥の胸肉が100グラムいくらなんだ、何!65円!、貴様俺をナメンノカ!などと心で叫びながらストレスを解消する必要がありそうなのです。

 

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高島屋 オンラインショップ

 

 

 

                 鎮魂   8/15

 
 

  

 たぶん、今日、ぼくのサイトを訪れてこの画像を見た人は、ぼくへの認識を改めるでしょうね。でもぼくは、正直なところ、皆さんがどのような感想を持たれようと・・どうでもいいのです。どうでもいいということは、どのような認識も自由であると言うことです。

 インターネットのサイトを見ることのできる人は、その多くはたぶん50台より若い人々でしょう。50代後半よりうえになると。PCを日常的に利用する人は、ずいぶんと少なくなるようです。

 突然ですがぼくの学位論文のテーマは「デジタルデバイド」です。その当時は、まだインターネットそのものの評価も低く、ぼくが話すネットワークで繋がれた近未来社会像を、研究室のみんな・友人・指導教授までが、その本質的な部分では、理解してもらえなかったようです。たぶん夢物語と思っていたでしょう。

 社会構造の変革は、気がついたときには終わっています。パラダイムの変換がその質的な意味での変換を終えるのはその導入部に置いてですから。

 さてぼくにとっての8月15日は、30代になって、すこしイロイロと考えるようになって、自身の変革の節となる日だと決めました。それは社会のパラダイム変換が、その時々の技術革新がその大きな要因であると同様に、ぼくにとっては日本国が、精神的技術革新による、変革の節となる日であると考えたからです。だたしここでいう技術革新は正負併せ持つものであることをつけ加えます。

 わが国はその負の部分を、やはり長い間理解できていません。とうの昔に変革が終わっているのにです。デジタルな技術革新についていけずデバイドされることは、それはたいしたことではありません。社会はまだとうぶんのあいだ、放送形式がサイマルで移行することと同様、アナログな部分が共存するからです。

 ただし意識は持つべきでしょうね。それほど社会の許容範囲は寛容ではありません。近い未来には区別されていきます。

 誤解を招くかもしれませんが、あえて申し上げます。ぼくたちは社会構造の変革を、好もうと好むまいと社会が変われば受けいれなければなりません。ただしそれは精神の変革までも必要とするものではないと考えます。

 そのうえで、昨今議論されている靖国問題は自身の、自国の問題と認識すべきでしょう。大東亜戦争での侵略問題は別の議論です。別の議論として認識すれば、隣接国の有り様も正当に評価できるはずです。

 

 

 

                         停電とテロと犬のシビレ  8/14

 
 

 朝から騒々しい一日でしたね。こんな日は家でゆっくりしていた方がいいなと、のんびりと世間でもさいきん評判の、例のあのオジサンの天才的な才能が埋もれている下手なカットなどを書いていました。

 娘にみっかるとイロイロ文句を言われるので、そこはこっそりと屋根裏で、ブツブツ独り言をいいいながらの作業です。今日は昨日の散歩で遭遇した、なにやら歴史のありそうなお年寄りのカットです。たぶん90歳ちかいのではと思います。

 なんですね、人間90年近く生きてくると、そこには自ずからにじみ出る・・なんていうか苔(コケ)じゃおかしよね・・こうなんつうかなぁ・・樹木で言うと幹の周りを覆う蔦(ツタ)のようなものがですね、何十にもからまって風格をだしているというか・・とにかくある意味光るものがあるのです。

 だいたいがぼくは、10代のニーチャンネーチャンより、ジイチャンバアチャンのほうが話が進みます。進むというより、お話をお聞きするっていう感じですかね。楽しいので相槌をうって聞いているといつまでもお話をしてれます。

 そのうちケンタクンがシビレをきらし・・・犬がシビレをきらすのかどうかは、キチンと検証していません。であるのでそこいらはいつものように適当です。ですから「犬はシビレをきらしませんよ!」などというご意見アンドご忠告アンドお叱りのメールをおくるのはお控え下さい。お願いします。

 さて、朝も10時をまわると、停電関係の報道は収束方向に進みつつあり、そういったニュースが、アッチコッチのメディアで、いつもとちがう報道関係のキャスターが登場して 、いわゆるキチンとした格好で朗々とマイクに声を落としているのであります。

 なんとなく感じるのですが、この人とたちは

 「えと、ぼくはいつもの軽薄なキャスターやウスラバカコメンテーターとは違いますからね」

 といった感じを、身体全体に滲み出させていますね。そう感じるのです。格好もキチンとした背広をきています。軽薄キャスターが着ているジャケットに下はカラーの濃いめなパンツ 、そしてノーネクタイなどはもってのほかです。ウスラバカコメンテーターの着るものは論外でしょう。

 そういった方々勢ぞろいのニュース報道も、そこは、やはりそこはかとなく隣国の甲高い声で抑揚をつけてお話になる首領様子飼いのキャスターに似ていると感じるのはぼくだけでしょうかね。

 イカンイカン。そういえば、そういったことを書いたり言ったりしてはいけませんと、つい最近カミさんに言われたばかりなのだ。なにしろそういったことを言い続けていると、とんでもないことでとばっちりをくうことがあるらしいのです。

 でもね、ぼくはなんか人生そのものがとばっちりみたいなものでね、つい最近も、とばっちりかチックリかわかりませんが、あることである場所を飛び出ました。いえね、こいつはぼくの勝手で飛び出たので、先様には関係はございません。どうです。大人でしょ。ぼくはなにしろキチンとした大人への修行を日々続けているのですから。

 わけわかんねぇだろうなぁ・・・

  

 

 

 

           娘に注意された・・・そして言い返せなかった・・・   8/13

 
 

今朝もなんだかドンヨリの朝です。気分としては、やはり朝からスカッとした晴天の方がダンゼンよいのですが、それでもお天気のことはお天気の神様に任せるほかはなく、そうそう勝手にどうこう決められません。あたりまえですね。

 ドンヨリの朝ですが今日は日曜日、であるからしてぼくは、たとえどんなにドンヨリでも、そこはエライ日曜日のこと、天気とはちがってウキウキスッキリランランランなのです。

 しかしどっこい、なんと事態は暗雲がタレコメハジメテイタノデス。恐ろしい夜明けがすぐそこの横丁の角のミニストップ新座新堀店近くまでやってきていたのです。

 ウキウキランランのぼくは、しかしなんとなくその超人的な偏り精神の能力で、なんとなく横丁のミニストップあたりの怪しさをウスウス感じていたのですね、これが。しかしやはり、なんとも超人的な能力なのですが、少し偏っているので、脳味噌の奥底の角の横丁で怪しさを感じつつも、エライ日曜日のせいも加味され、その怪しさを横にほっておきました。

 さて、物語ははじまります。ぼくはランランと鼻歌まじりで、ここんと凝っているオジサンのカットを、居間で早朝から、えらそうにデザインのまねごとをしていました。

 そこに怪獣の出現です。あっ、ちがった娘の登場です。開口一番

 「あのさぁ、なにそれっ。ちょっとさぁ・・・大人の絵とは思えないよ、おかしよ!」

 「・・・・・・・・」

 「サイトのあの絵、手で書いたの? マウスでしょう、キチンとかけないの?おかしいよ!」

 「えと、これはデザインであるから・・べつにキチンとしてなくても・・」

 「あのさぁ、だからね、トーサンが自分で楽しむのはいいよ。でも売るのはマジおかしいよ!」

 「・・・・・・・・」

 「そんでさぁ、メールでサイトまで知らせるほどの絵じゃないでしょ!恥ずかしくないの!」

 「・・・・・・・・」

 「そんでなにあの値段。ふざけんにも限度があるんじゃないの」

 「だからデザインに価値があるということでぇ・・・・」

 「オヤジ印のデザインバッグを4000円も出してだれが買うっつうのよ!!」

 「・・・・・・・・」

 「オヤジ印のマグカップをね、2000円もだす物好きがどこにいんの?」

 「えと、ぼくの利益は500円しかなくて、あとは・・ほとんどは・・・・・・・」

 日曜日の朝だというのに、もう暗雲どころではなく、この先35年ぐらいこの精神の痛手は修復されないような気がしました。ぼくのバンビのような小さなか弱い心臓は、日曜日だというのに、生存に必要な最小限の働きしかせず、ぼくはヘナヘナとなりながら三階の屋根裏に這い登り、膝をかかえてへたり込んでしまいました。神よ。

 ようやく、夕闇迫る時間になって、心臓の働きもなんとか小学生レベルまで持ち直しました。ぼくは気を取り直し、あらためてパソコン画面のオジサンのカット絵をいまみています。

 あねの、見れば見るほどじぶんでは、なかなかいいじゃないかと思うのです。思っちゃうんです。弱りましたがいいものはいいのです。であるからして胸を張るべきなのではないかと思うのです。

 そこで急に気を取り直し、あらためて今日は日曜日だし、あたらしく数枚のカットを描いて、そんでもって娘にメールをどうだとばかしに送りつけてやろうと思ったのです。

 でもっていま書き終えて送りました。送っちゃいました。ちょっとまずかったかぁ・・

 

 

 

 

 

 

 

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                     ラーメン屋の「冷やしタヌキ」は「冷やしテヌキ」であった。ネメンナヨ!   8/12

 
 

  ナメンナヨ!と、ぼくは小さな声で杉並区下高井戸○丁目○番地○号の中華料理屋(いわゆる街のラーメン屋)を出る際、拳を握りしめ、暑く・・いや違う厚く ・・ちがうなぁ・・これか、「熱く」つぶやいたのであります。なんともイヤハヤの料理でした。

 もっとも心臓がバンビなぼくは、食べ物に関してのマイナス方向の評価は、小さい頃から口に出して言うことができません。親からしょっちゅう、くどいくらい、「食べ物の不平をいうとバチがアタリマスカラネ!」と言われ続けたためです。口が曲がるとも言われました。

 それでも親に隠れて兄貴と文句を言い、そのたびのそっと鏡をのぞいていました。すると気のせいか、親に隠れて文句を言った罪悪感からか、なんとなく口が曲がっている感じもしたものですからタイヘン、あわてて神様仏様にゴメンナサイ!2度と文句は言いませんと謝ったりしました。ほんとうに純粋で可愛い少年だったのです。嘘ではありません!!

 まあ、とにかくそんなことで、不平はイッパイありましたけど口出して言うことはなく、いつも心の奥底で文句を言ってました。たぶん僕の精神がちょっと曲がっているのは、食べ物の不平不満を口に出さず、心の奥底で叫んでいたが原因でしょう。間違いないでしょう。それだけ不平はいけないと言うことでもあるのですね。はい。

 でね、その悪徳ラーメン屋はですよ。なんと夏の暑さを利用してか、冷やし関係の料理を大量に壁に貼り付けていたのです。臨時の壁貼りメニューのキケン度を充分承知しているはずのおじさんではありましたが、そこは真夏の昼下がり、腹が減って倒れそうになり、這いずりながらたどりついた食堂では、正常な精神であろうはずないでしょ!まぁここで力んでもしょうがないのですがね。

 めずらしくも若き女性読者のミッチャンから「おじさんは普段から正常ではないじゃないですか」などとツッコミをいれられると・・・少々うろたえますが、それでも普段の精神の偏りからさらにキチンと偏るのが真夏です。真夏はある程度さらに偏っても許されるのです。

 でね、空腹と真夏の悪徳太陽に犯された偏り精神によって薄れてゆく意識の中で、その臨時壁貼りメニューをボーーーット眺めていたのです。すると、客が少なく、でもってひまそうにしていた店主の妻か母親(たぶん)が・・・ちょっと説明しますね。あのね、ほんとに妻か母親かわかんなかったのです。どっちとも言えます。でも妻だったら可愛そうだな・・って感じでしたけどね。

 えと、話はどこまでいきましたっけ。そうかその悪徳妻母が、悪魔のような声で

 「おとーーさん、冷やしタヌキもいいですよ。夏だし」

 ぼくは空腹と、暑さと、妻か母かわからないのでさらに偏った精神でしたが、とにかくここは一度外に出て、ここがソバ屋かラーメン屋かを確認しようと腰を浮かせましたが、外に出るまでもなく、どうみても店内は赤と黄色のラーメン模様がはっきりです。???マークがぼくの頭の真上12センチあたりで三つ四つ出ていたらしく、凶暴な目でぼくの精神の揺らぎを確認した妻母は

 「おとーさん、うちは冷やしタヌキもできっからね。だいじょうぶだから」

 食べ物をすすめるのに大丈夫だからは、さらにキケンな気がしましたが、とにかく限界なのでお願いしました。

 ・・・・・・・えとですね、ぼくは56年と4ヶ月と、○日生きています。でもってタヌキうどんなるものの正体をですよ、そりゃあある程度は存じ上げています。でね、そのタヌキうどん(あるいはソバ、でもぼくはうどんが好きなので、いつもタヌキうどんをたべます)の冷やし系もですよ、どうように、世間で生活しているおじさん程度には理解しています。

 しかーーし、この真夏の悪徳中華料理店では、世間の評価も基準も判断もいっさい気にしていないようです。あのさぁ、フツウはね、冷やしタヌキはひらったい器に、キチンと茹であげたうどんを冷水でしめた、すこし細めのうどんをのせて、その上に細く切ったキュウリ、それから金糸タマゴ(金糸タマゴ出なくてもいいけど細く切ったもの)紅しょうが、焼き豚の細切りなんかを上品にのせ、そんでもってお店自慢の汁を掛けて出すもんでしょ。

 そんれがなんとこの妻か母親かわからないオババが仕切っている悪徳中華料理店兼真夏は悪徳冷やしタヌキ関係も出してしまう店では

 1 器がラーメンの器を使用

 2 うどんはキチンと茹で上がっていない

 3 厚焼き卵が1個、ポコンとうどんにのっかっている

 4 紅しょうがはどこをさがしてもない

 5 焼き豚がやはり1枚所在なげにのっかっている

 6 なぜか焼き海苔が3枚器にくっついている。はがれない

 でありました。あーーたぁねぇ、いいかげんにしなさいよ。許せる限度があるでしょ。ぼくは形状もさることながら、その汁のすっぱさに閉口しました。なにせすっぱくってすっぱくって、一箸あげるごとに、器のへりで汁をよーーくきってから食べたほどです。

 えっ、なんですって、たべなければいいですって・・あのねぇぼくは腹へって死にそうで、そんでもって這いずりながら入った店ですよ。とりあえず生存に必要な量だけは食べますよー。とにかく食べましたね。

 さてと今回学びました。あのね、あんましすっぱいものは大量に食べない方がいいですよ。今朝起きたら、なんと身体がくねくねしてタイヘンのです。まっすぐに立っているのも一苦労。とにかくウンコしていたら身体がクネッテ倒れそうになり、あぶなく便器を汚すところでした。ほんとです。ふう。

 

 

 

                     

                            入道雲がウレシイ   8/10

 
 

真夏の昼下がり、お約束の入道雲が東の空に・西の空に・南の空に・北にもと、アッチコッチで活躍している。入道雲はエライ!

 ぼくは夏が大好きなのだ。大好きなのだけど・・・あのね、夏の全てが好きなわけではないのです。特にカミナリはそれほど好きではないのです。

 誤解をまねくので一言。あのここが肝心なんだけどね。それほど好きではないと言っているので、怖いとか恐ろしいとか言っているわけではないのですからね。そこんとこはキチッと押さえておいてくださいね。

 とにかくいい大人がですよ、フツウにカミナリが怖いなどと言おうもんならさ、それこそたいへん!いい笑いものになるね。そう相場は決まっている。でもねここだけの話ですよ・・あの、正直言うとちょっと怖いのです。ゴロゴロいいだすと、たいてい、ぼくは早めに散歩も切り上げて帰ります。

 ケンタクンもあまりカミナリは好きではありません。ということは、キチンとした大人やキチンとした犬は、みなカミナリが嫌いなのです。ちょっと怖いのです。なにせとんでもない電流が流れるんですよ。そんでもって黒コゲになるんですよ。そこで強がってアーータねぇ、ちっと気をつけたほうがいいっすよ。ほんとに。

 さてと入道雲ですがね、じっと見てるとおもしろいです。自分で想像したイロイロなものになることができます。今日のぼくは、入道雲を亀田のオトーさんにしました。なんだか顔がアッチコッチふくらんでいて、それでもって刻々そのふくらみが移動してアッチコッチにでき、とんでもなく怒っている顔になるのです。

 だからたぶん亀田のオトーさんは、いつもおこっているに違いないのです。そんな想像をしていたら、いつのまにかオトーさんが優しいオカーさんになっていました。エプロン姿のオカーさんです。みんなは見たかどうかわからないけど、youtubeでオカーさんと亀田親子が一緒に映っているシーンをみたからか、入道雲オカーさんができてしまいました。映像はナカヨシ家族に編集されていましたね。ヨカッタヨカッタ。

 雑木林はヒグラシが大合唱です。雑木林の真ん中でヒグラシの大合唱を聞きながら木のテッペンをみていたら目がくらんでしまいました。なんだか最近だらしがないのです。きっと寝不足が原因でしょう。今日は早く寝ることにします。

 突然ですが、夏の一番エライところはなんだろうと考えてみました。春・秋・冬とくらべてどこがエライのか考えたのです。

 1 とにかく暑い。それだけでエライ。寒いのはそれほどエラクない。

 2 楽しい海水浴ができるのがエライ。海水浴は春・秋・冬はできない。

 3 薄着で洋服にお金がそれほどかからないのがエライ。

 4 冬の行楽とちがい。短パンとビーチサンダルで楽しめるのがエライ。

 5 寒さで凍え死ぬことがないのでエライ。

 6 冷やし中華が美味しくてエライ。

 7 もうすぐ来るであろう秋を思うとそこはかとなく寂しくなるのがエライ。

 8 過ぎた夏の思い出にひたりそこはかとなく寂しくなるのがエライ。

 9 外での仕事は厳しいけど、仕事を終えたあとの冷たい飲み物が旨いのがエライ。

10 朝起きたときの爽快感がエライ。

11 夏の夕陽は、ときどきオドロオドロしくみえるが、なんでだかわからない。エライ。

12 夕立はエライと、近所の農家のオッサンがいってた。

 きりがないのでこれくらいにしておく。夏はとにかくエライ。

 

 

                        

                          とりあえずトリニダードトバコ  8/09

 
 

サッカーの試合をまともに見たことがない。う?・・待てよ、サッカーだけじゃぁないな、ぼくはスポーツの試合をまともに見たことが最近ないのです。もっと性格に言えば、まともにっていうよりも、「ちゃんと」と言う表現の方があっているのかもしれませんね。

 とにかくそんなかでも一番は野球です。これがまるっきり試合を見ません。でも結果は気になるんですねこれが、あのね、なんつったってぼくはね、大の巨人ファンです。それが何か?

 まっ、とにかく、小さい頃から巨人が勝つとなんともいい気持ちになるのです。であるので、夜のスポーツニュースをコワゴワと見る今日この頃です。はなしは飛んでしまいましたが、夕食を終えてなにげなくテレビをつけたら、久しぶりにゴールデンタイムにサッカーの試合を放映していました。どうやら日本代表のチームが試合をしているらしいのです。

 ふむふむオシムの顔でも見てやるかと注目すると、なんと相手はトリニダードトバコというではありませんか。みなさん正直言ってぼくはこの国がどの辺にあるか良くわかっていませんでした。もっと正直に言うとアフリカあたりだと思っていたのです。

 しかし最近キチンとして、大人の社会人に近づきつつある・・近づきつつあるかもしれない・・・近づきつあるであろうぼくは、フウ、ここはひとつキチンと調べなくてはいけないとグーグルで検索しました。

 アハハハ、なんとトバコちゃんは中南米でしたね。何を隠そうほんとはぼくもじつのところ中南米かもしれないと、脳味噌の奥のさらに奥の端っこの先っちょで思っていたのです。ほんとです。

 なのでそんなに驚きません。驚きませんとも!でね、じつは調べたらね、このトバコちゃんは、なんとトリニダードちゃんとトバコちゃんという2つの島からなる国だったのです。そうウイキペディアに書いてありました。正式な国名は「トリニダードトバコ共和国」だそうです。

 でね、これが嘘のようなほんとの話で、トバコの名の由来は先住民が吸っていたタバコから名づけられたと書いてあります。待てよ待てよ、嘘のようなほんとの話・・という書き方はおかしいな、だいたいがタバコというのは外来語だし、だからそれは名の由来としてはけっしておかしくはないのだろうね。

 とにかくそのトバコちゃんは、このあいだのワールドカップで初出場して初戦で勝ち点をあげた強豪チーム。なんとも日本はプレッシャーが少ないといい試合ができるみたいです。なったくどーも、なんともどーも、もいっちょとーも・・ってっかんじです。

 

 

                        

              キリギリスとカブトムシ 8/08

 
 

 朝から真っ黒な空で、おまけにゴロゴロとくりゃ・・もう即ケンタクンは家の中です。ケンタクンとは飼い犬なんですがね。コイツがめっぽう嫌いなのがカミナリなんでやんす。

 とにかくゴロっときたひにゃぁ、もうたいへん。玄関をカキムシリ、網戸をカキムシリ、蚊にさされたあとをカキムシル? まぁ、とにかくあっちこっちをカキムシッテ助けを求めるわけであります。

 でね、みなさんご存知のように、常日ごろからぼくはとんでもなく心優しいのでありますから、とっとと家に入れてしまいます。もっとも網戸や玄関がカキムシリの被害にあわないうちに、ということもありますがね。

 あの、本当はね、じつはちょっと前までの我が家は、ケンタクンが自由自在に出たり入ったりできる状態だったのです。プリーパスだったのです。しかーーし、娘に子供ができてから、出入り禁止になったのです。

 なにしろバカデカ犬なもんですからね、飼い主に似て心優しい性格のケンタクンがですよ「ちょっと赤ん坊をの顔をなでてやろうかな」なんて思うのは当然あることですよね。でもって彼の右手でちょいと・・・考えただけでも恐ろしい。

 とにかく家族会議でしばらくは許可制にしようという結論になったのです。ぼくは寂しそうなケンタクンの顔を見ることができず、一週間ほど泣いて過ごしました。はい。優しいので・・

 さてと、今日は雨でも出かけました。もちろん仕事です。最近なんだかとてもキチンとした大人になってきたぼくは、以前なら雨の日は「晴耕雨読」などといって、家でゴロゴロして好きな本でも読んでいるのがつねであったのですがね。

 あの、大きな声では言えないのですが、ぼくがキチンとなればなるほど、カミサンはなんだかおかしくなります。そんな気がします。昨日の夜中にネブタ祭り観戦の旅から戻った彼女は、やはり朝ねぶたい顔をしていました。

 土産は?と聞くと「あたしの笑顔と楽しいオ・モ・イ・デ」なんてしゃらくさいことをぬかしたので、真空飛び膝蹴りを久しぶりにかましてやりました。オジサンもやるときはやります。

 でもって膝蹴りが効いたのか、とにかくお許しを請うたので、優しいぼくは許したのであります。しかーーし、それが間違いでした。なんだか珍しくお弁当を作ってくれたので、ぼくは急に嬉しくなり。やはり家長たるものは、威厳を持たねばならないななどと思い、背筋をピンとして出かけたのでありますが・・・

 時間はざっと進みお昼になりました。午後の杉並での打ち合わせが3時なのですが、それまで2時間ほど余裕があり、じっくりと本が読めるので公園を探し、弁当をひろげたのであります。

 弁当をあけたのですが、弁当をあけたのですが、弁当をあけたのですが、弁当をあけたのですが・・・なんとご飯がありません。野菜サラダとメロンだけです。

 あのねぇ、ぼくはキリギリスか!!野菜サラダでだけで、どうしたらこの脱ぐとスゴイ肉体が維持できるのだぁーーー!!!1

 メロンだとぉーーーー、おれはカブトムシかぁーーー、汁すっとるだけでどうしたら肉体労働が続けられるのかァーーーー!!!

 ナメンナヨ。

 

 

             

                          誰かが誰かを愛してる・ディーンマーチン 8/05
 
 

人生イロイロ・・島倉千代子の歌みたいですね。あーと、あの、じつはね、ぼくは島倉千代子が好きなのです。うーーん、というより彼女の歌が好きなのですね。

 それから「リンゴの歌」という歌が好きです。もちろんこの「リンゴの歌」が流行ったときは、ぼくはまだ生まれていません。こう見えてもおじさんは少し遅れた戦後世代なのです。1950年生まれですから西暦だと勘定がしやすく助かります。

 ちょっと調べたら、この歌は1945年、終戦の年に製作された戦後第一作の映画「そよかぜ」の主題歌として、主演の並木路子が歌った歌謡曲だそうです。

 ぼくが生まれる5年も前の歌なのですから、どうしてそんなに好きなのかずいぶんと疑問でした。なにせうんと心の中に入ってきて、それから脳味噌の奥のほうでザワザワ意識が騒ぐのです。とにかくずいぶんと長いあいだ疑問でした。

 それがね、つい最近なんとなく理解ができました。ぼくの大事な人・・といっても恋人とかそういう方面ではないのですよ。とにかく大事な人に、先月あったときにわかったのです。

 昼食をいただきながらイロイロ話をしました。彼女は、もうとうに80を過ぎているのですが、それでもとても元気です。ぼくはまるで、それこそ遠足帰りの子供のように、あとからあとからイロイロなことを話しました。会話が途切れるのがイヤだからです。ずーーとこのまま話し続けていたかったのです。ハハハ、なんだかおかしな話ですよね。

 ちょっとした油断が会話を途切れさせました。

 「マサル、からだはどこも悪くないの?子供達は元気?」

 「ちゃんと食べてるの?夏バテしないようにちゃんと食べなければだめよ」

 あれこれと注意を受けてしまいました。うむ、やはり油断は禁物ですね。ぼくは適当に答え、あらためて勝手に話し始めました。そこで、ぼくはなんだかとってもリンゴの歌が好きなんだと、すこし唐突に話しました。

 彼女はしばらくぼくを見つめ、すこし悲しげにうつむき、「あたしも大好きだったのよ」と。

 少しして、もう一度「あたしも大好きだったのよ」と、今度は天使のような笑顔をぼくにむけてくれました。アホで単純なぼくは、それだけでとても嬉しくなり、島倉千代子の歌が好きだと言い、リトルペギーマーチの歌が好きだと言い、50年代のオールディーズが死ぬほど好きだと・・・歌の話ばかりしてしまいました。

 じつはね、ぼくのこの大事な人は、ぼくがまだ赤ん坊のころ、まいにちのように耳元で「リンゴの歌」をうたってくれたそうなのです。それから当時流行った歌も同様です。

 リンゴの歌の疑惑については、初めて納得のいく理解ができましたね。それでもぼくはずいぶんと残酷だったかもしれません。知らないこととはいえ、歌の思いでは心の奥底に響くものです。あまりに自分勝手だったかもしれません。すこし反省をしています。

 こうしてときどきでも、大事な人に会える喜びを失わないように、もう二度と「リンゴの歌」の話はしないようにと心に決めました。歌は好きなのですけどね。

 いまこうして書いているあいだも、ブレンダリーのアルバムを、ルイアームストロングを、ディーンマーチンを、レイチャールズをニールセダカを・・・聞き続けています。

 明日は、庭のしゃら(夏椿)を抜いてしまおうと、唐突に思いつきました。なんだか少し枯れ始めてしまったのです。かわりにバルコニーにある鉢植えのサクラを植えてやるつもりです。

 

 

                          

            てんでんばらばら・・それでも成り立つ   8/04

 
 

オヤジ 「なんだか今日も暑くなりそうだな」

 カミサン  「なにもそこまでやらなくてもねぇ」

 娘1     「山形の駅舎ってさあちょっと変だよ」

 娘2   「ねぇ、みんなさぁ、一つのことについて話せばぁ。言ってることぜ 
      んぜんわかんないしぃー」

 ある朝の我が家の食卓風景です。うちの家族の会話はね、「娘2」によると、とにかくみんながてんでんばらばらで、それこそ好き勝手なことをしゃべっているらしいのです。

 しかしそれでも、食卓での会話は途切れることはなく、なんともそれぞれが好き勝手なことをしゃべっていても、おっとどっこいへいおん無事にこれが進んでいくのです。ふしぎに。

 しかしながらぼくの場合は、他の天才アホバカ娘や、キッチンドランカーのカミサンとはちょっと違うのです。ぼくのすこしフツウと違う偏っている脳味噌の隅っこの方では、それぞれの言っていることの断片が、ほんのかすかに記録されているのです。エライのです。

 なにしろぼくは、むかし神童で、いまはフツウ以下の偏り精神ですが、それでもときどき、異常に神経が鋭敏過敏機敏・・ようするにビンビンになるのです。でね、その隅っこの記憶が、あらふしぎいつのまにかどっかでつながるように会話が進んでしまうのです。びっくりです。

 まぁ、そんなことを自慢していてもしょうがないのでこれくらいにします。あ、そうそう、ぼくとカミサンと娘1は、寅年でB型です。だからトラトラトラで総攻撃なのです。わかるかなぁ・・・・・娘2はO型だそうです。だからなにか。

 さぁーーーてと、飯も食ったし、孫も寝たし、娘1は映画を見てるし、娘2はアイスクリームを食い続けているし、カミサンは突然青森へ出かけたし、ぼくはウンコでもして寝ようかな。

 あのね、カミサンはね、水曜日にとつぜん棟方志功の版画写真を見ながら

 「えーとね、ここはキチンと青森へいって、志功が大好きだったネブタを見た 
  いのです。あすから祭りです。ネブタは一度は見ないといけませんね」

 などと食卓で言っていたと思ったら。とにかく微かだけど脳味噌の片隅に記憶していたら、なんと昨日の夜、ほんとに出かけてしまいました。夜遅く、ネブタい顔をして出かけてしまいました。

 いつ帰ってくるんだろ。土産はなんだろう。まさか焼き豚ではあるまいな。

 

 

             

                            少し深くかんがえました 8/01

                          
 

 どんなに辛く悲しかったか。とてもではないが、ぼくは真正面からニュース報道を見聞きすることができませんでした。

 なんのことかって、食事をろくに与えないで子供を殺した、鬼のような親の事件です。今回に限らず最近の報道において、子供への虐待事件は後を絶ちません。

 あまりこの手のことは書きたくないのが本心です。ただ、ぼくにはどうしても理解ができず、なんだかいつもより深く考え込んでしまい、そしてそのことで頭がいっぱいになり、それは日常にも影響しそうなので書くことにしました。

 いったいどうしたら、あのような酷いことを、我が子にできるのでしょうね。もちろん人によっては、そんなことはめったにないことで、たまたま事件が重なっただけと言うかもしれません。それでもぼくには、そのたまたまさえ許すことができません。ぼくが特別なんでしょうか。

 ここ数日、テレビもラジオもなんだかイヤで、スイッチを入れませんでした。ぼくはね、普段から、人一倍感情が偏っています。悲しみに人一倍敏感なのです。外の問題ではなく、ぼくの中に事件が入ってきます。被害者である子供達に思いが偏るのです。

 とてもではないが普通ではいられません。辛さや悲しみは他人事でも耐えるには限度がありますよね。ぼくが偏った精神で勝手に感情移入した像は、ぼくに痛みさえ押し付けます。したがってできるだけ報道から遠ざかるしか手立てがないのです。

 すこし日を置き、すこし冷静になり、少し深く考えました。でね、結論を先に言うとね、ぼくにはやっぱり理解できなかったのです。もちろんね、事件そのものに正当性などまったくなく、その意味での報道は正しくキチンとしていました。そこいらの理解は別です。

 不可解はことは、いったいどうしたら人間はそんなに残酷になれるのだろうということです。幼子に十分な食事も与えず、躾と称して暴力をふるう、そんなことがどうしてできるのでしょう。精神を病んでいるのでしょうか。

 冗談じゃありませんよね。精神の病気で簡単に片付けられることではないのです。だったらぼくなんかとっくの昔に大量殺人者になっています。現代の社会現象などと言われるともっと腹が立ちます。それはいったいどんな社会なのかと首を横に振り続けます。

 まるっきり理解できないぼくは、反対のことを考えることで少し落ち着きを取り戻しました。反対のこととはね、自分をとこまで犠牲にできるかってことです。こたえは簡単でした。ぼくは精神が偏っているので簡単なのです。

 たとえば娘が悪漢に暴力をふるわれたとします。ぼくは躊躇なく法を犯し、相手を痛めつけます。どんな方法使ってでも、二度と同じ考えを起こさないまで痛めつけます。そのことで裁かれることになんの躊躇もありません。妻や孫についても同様です。

 とても大事なことですが、結果として家族が、ぼくが拘束されることで悲しもうと、ぼくはよしとします。飼い犬が放し飼いにされている数匹の犬に襲われ、窮地に立たされたとしましょう。その場にいたら、ぼくは躊躇なく相手の犬を、2度とそのようなことをしないように痛めつけます。どんな方法を使ってでもね。犬も人間も同じです。

 もっとはっきり言えばね、けっこうだらしなく、いろんなことをキチンできないぼくですが、家族のために・・あるいは自分が納得するもののためには、ぼくは自分を犠牲にする自信があるのです。これが少し深く考えた結果です。

 

 

                           

                           徘徊する徘徊オヤジ  7/28

 
  本日は柏市(千葉県)まで行って来ました。我が住まいからだと外郭環状線から常磐道に入り柏インターまでわずか40程度です。ちなみに我が住まいは東京の西北に位置します。池袋から西武線で30分、清瀬という駅が最寄の駅なので す。

 したがって清瀬近辺から東久留米近辺を時々大型犬と徘徊しています。いまからもっと年取っても困らないようにと徘徊しています。であるので早くも徘徊オ
ヤジなのですね。

 毎日徘徊しているので、その時間を有効に使おうとイロイロ考えましたが、何
一つ続けられなれないので、あまり真剣に考えるのはやめにしました。そんとき
そんときにやりたいことを、適当に、あまりキチンと決めつけないでやったほう
が、たぶんぼくにはあっていますね。

 でね今日考えたことは、徘徊には、やはり俳諧がいいのではないかと思ったのです。えとけっして冗談ではなくそう思ったのです。いつまで続くかわかんない
けど、とにかくいまは俳諧なのです。徘徊・・いやいや俳諧バンザイなのです。

 古家や雨漏りたいへん水の音
 これカラスそこのけそこのけオイラが通る
 指先のぬかにおう夏の朝

 じつを言うと俳諧の意味さえよくわかりません。でもおじさんはぶつぶつ言い
ながらも散歩を続けます。できれば怪しまれない程度にぶつぶついいながら、し
ばらく俳諧散歩を続けたいと思ってます。

 ご近所のみなさん、もし、大きな犬を連れて、夏なのに大汗かきながら黄色い
ウインドブレーカーを着て、なぜか左手にだけに軍手をして、ちょっと遠くをみ
つめながらぶつぶつと言いつつ散歩している中年の怪しいオヤジと遭遇したら、
近寄らずに避けてください。噛み付きます。

 

 

            

                          世代間のギャップはキチンとしているかがポイント  7/27

 
 

 あのね、ぼくらの世代は、けっこうキチンとしていることが信条で、いろいろなことにたいして、きちんと理解して、それでもって事に当たらなければいけませんと習ってきているのです。

 でね、それがどうしたんだと言われそうですから、どうしてこのような書き出しになったかを、ちょいと説明いたしやす。あのね、ちょっと唐突ですが、我が家の天才娘たちは、じつは世代間ギャップをとんでもなく感じさせる連中なのです。遠慮がこれっぽっちもありません。

 まず日常的に、なんの躊躇もなくネットを利用しています。場所の検索・観劇の予約・電車等路線の時間確認・P2Pを利用した遠隔地の友人との会話(ビデオもついていやがる)・自分の写真やその他モロモロの資料をwebのどこかにストックしている・隠している・いつか見っけてやる・その他イロイロバンバン平気であたりまえに活用しているのです。

 えとぼくはね、それはもう、ほんの少し精神は偏っているけど・やはり天才娘の父親ですから天才で、小さい頃は神童と言われて、二十歳前から普通になって、いまは偏りすぎて、精神の病気とも言われているけど、ネットの利用なんか朝飯前です。

 いっちゃあなんですが、思想信条その他、メイッパイ偏っていますけど、ぼくは正常と思っています。えとだからとにかく、それが天才娘のネット活用とどう繋がるんだかよくわかんないけど、とりあえずそのへんは精神が偏っているからいいのです。とにかくぼくはネット利用なんかヘイチャラなのです。エライのです。

 けどね、たとえばぼくのまわりでは、やっとこメールのやり取りができるのがせいぜいです。カミさんなんかは、中古のPC(DOS/V機)を、当時(16年前)25万円で最初に買ってきた日、逆毛をたてて怒っていましたっけ。いまでも携帯のメールでのやり取りしかしません。余計なことですが飼い犬より見事に逆毛がたちます。怖いのです。

 でね、ちょっと考えました。この世代間のギャップはどこに原因があるのかなと、そこでとりあえず思ったことは、ぼくらはあたまに書いたキチンキチンが信条の世代だということです。だからたとえばメール送信一つをとってみてもね、どのようなシステムで構成されていて、背景となる新しい技術について、事前にレクチャアしてほしい・・・なーーていう・・・ちょっとオーバーかな、とりあえず納得してからことに当たるということが当たり前なんです。たぶん。

 ところがですよ、我が家の天才娘達はちょっと別だけど、いわゆる街のキャピキャピ娘や、イロイロな若人連中は、とりあえず使ってみる。何が何でも利用してみる。わけわからなくても使ってみる。楽しければ使う・おもしろければ使う・ウンコしながらでも使う・・・・えと冗談もまじってるから本気で怒らないようにね。本物の逆毛をたてないようにね。

 そこがポイントかなと、オジサン偏った不安定な精神で考えました。だからね、ぼくはとにかく一生懸命友人知人どもに、面白いぜーーとか楽しいぜーとかいって、同世代の連中が社会から取り残されないようにしたいと思うのです。エライのです。

 

 

            

              ぼくはもうそう若くはないのです  7/26
 
 

水をガブガブ飲み、フラフラフラフラしながら仕事をしていました。なにせ今日は外仕事、とにかくぼくはもうそう若くはないのですからね。水分の補給と栄養の補

であるのですがぁ、最後の欲望を抑えるところがぁ、なんともキチンとできなきないのです。いえね、勘違いされると困るのでキチンと言っときますが、欲望と言ってもですすよ、異性に対する例の、その、あの、えと、なんではないのです。みなさんはすぐそっち方面のことを考えるからやだなぁ・・

 とにかく頭には濡れタオルをのっけて、できるだけ日陰にてできる作業は影をさがしておこない、直射日光は避けていました。予定では昼前に終えるはずでしたが、今日はなんだかイロイロとやっかいな問題がね、後から後から出てくるもんだから午前中には終えることができませんでしたよ。

 しょうがないのでお昼を食べて、午後も少し仕事をしようと決断したのであります。あのぼくはね、いつもは午後は仕事をしないことに決めているのです。ですからこれはけっこうな決断なのです。なにせぼくはもうそう若くはないのですからね。

 近くのお惣菜屋を、ぼくの仕事を朝からずーーーーっとそばで見ているオジイサンにおしえてもらい、そこで弁当を買ってきました。買ったのはね、タマゴサラダと酢豚とご飯です。自動販売機で濃いお茶とコーラも買いました。

 タナゴサラダは冷えていて美味しく、酢豚もたいへんよく味がのっていましたよ。そのお惣菜屋は、個人の経営らしくとてもこじんまりとしていましたが、たいへんお店がきれいで、接客も感じがよく、やはり味のよさもこういうところからでてくるのだなと、ひとり感心をした次第であります。

 朝からずーーーーっとぼくの仕事を見ているオジイサンが、ぼくのお昼が終わったのをどこかで見ていたらしく、食後の休憩しているぼくのそばに来て、さっさと仕事をしろとばかり見つめます。

 ぼくはウームと静かに唸り、しょうがない仕事を始めるかと、「ヨイショ」とわざと大きな声をだして腰をあげました。あのさいきんね、ここだけの話ですがね、しらずしらずのうちに、「ヨイショ」と言ったりしちゃうんです。おちろん声はふつうですがね。なにせぼくはもうそう若くはないのですから。

 えと、良く考えたら、最後の欲望の話がなかなか出てきませんね。忘れていました。ぼくはこうやってよく話が脱線し、とんでもない方向に行ってしまいます。でもいいのです。なにせ精神が少し偏っているし、ぼくももうそう若くはないのですから。

 でね、その欲望だけど、じつはぼくは適度の休憩とか、適度の水分とか、適度の食事とか、適度の読書とか、適度の収入とか、適度の友達づきあい・親戚づきあい・町内の親睦・国家への忠誠・等々適度が不得手なのです。

 だから時として大きく正常値から針が振れます。それは右だったり左だったりします。この年になっても中央が定まりません。そんなんで迷惑を掛けたりすることもあります。でもいつも反省をしています。だってぼくはもうそう若くはないのですから。

給と精神の休養と欲望を抑えることが肝心ではないかと考え、そんでもってガブガブしました。

 

 

            

                       熊谷うちわ祭りとウンコと電話    7/25

              
     東京近郊の風景は、車で走りながら眺めている限りでは、あまり変化がないように思えるのです。もちろんアチコチでお目にかかるコンビニは別ですね。こればかりはちょっと前の、といってもぼくが若いころぐらいまでさかのぼるちょっと前ですがね、こういった東京近郊では見ることができませんでしたよ。

 いまの時期は水田が見事です。青々としたそれは、見ているだけでお腹も精神もいっぱいになります・・・本当を言うとお腹はそれほどでもないな。でもこうやって書くとなんとなく気持ちが通じるかなと思うのでそのままにします。あのですから「うそばっかし書いている」などと思わないでくださいよね。

 先週土曜日に行った熊谷市でのお祭りは、けっこう有名らしく、家人たちからは「山車はどうだった?露天はたくさん出ていた?どんな浴衣着ていた?人の出は?等々」質問攻めに会いました。でもってあんましドウダッタドウダッタとうっとおしいので、ウンコしたいといってとっととその場から逃げました。

 でね、なんだか気になったのでサイトで調べてみました。そしたらすごいね。なんと敵は京都の祇園祭りの流れを汲む夏祭りだそうで、関東でも屈指の規模を誇る、正式名を「熊谷うちわ祭り」っていう由緒あるキチンとしたたいへん立派なお祭りとのこと。ぼくはおもわずへへーーーーっといってかしこまりました。どおりでおまわりさんがイッパイだったわけですね。

 さてと、雨が続きますね。日曜日は来客で疲れたので今日は雨をいいことに自宅でノンビリと過ごしました。ぼくの場合ノンビリとしているとけっこう知恵が働くようで、あらぬことをツラツラといつものごとく考えていたのですが、とつぜんの電話です。しまったと思いましたね。

 ぼくはあんまし自宅の電話には出ません。うっとおしい電話が多いからです。
だからたいていひとりでいるときの電話は無視します。っというよりもっとひどいのです。コードを電話機から抜いてしまうのですからね。ほんとです。

 なぜかというとね、この無遠慮なベルの音はですよ、心優しくバンビのような心臓のオジサンには、まったくもって凶器となるのであります。このあいだなんかは、心臓が数回止まり、あの世とこの世のあいだをなんど往復したか・・えと何度かはおぼえていません。

 しかしながら今日はツラツラ思考日和で気を許してしまっていたのです。そこでしまったとあいなったわけです。電話は楽天の営業マンからでしたよ。いろいろ話しかけてきましたが、適当なところでウンコをしたくなったといって切りました。ウンコはたいへん便利です。エライです。

「うちわ祭り」
http://travel.nifty.com/guide/odekake/detail/eve/pref11/39562.htm
 

 

                        

                 男は少々のことで弱音を吐くな  7/22

   と言われて育ったぼくは、そのわりには少々のことでけっこう弱音を吐きます
。それでも親の言いつけが耳タコになっているので、吐くのはもっぱらカミさん
や飼い犬にです。よそ様へのそれはありません。かろうじて言いつけは守られて
いるといっていいでしょう・・よくないかなぁ・・

 少しばかりあっち行ったりこっち行ったりが続きました。で疲れました。アレ
ッ、これって弱音かなぁ?弱音だね。イカンイカン、取り消します。疲れたけど
たいした疲れではなく、決して弱音でもなく、だから疲れたことは疲れたけど、
それは弱音としての疲れではなく、ただ疲れたのです。よくわかんねぇー

 まあね、とにかくお家に帰って、散歩に行って、食事をして、仕事の整理をし
て、本を読んで、寝る。あのね、ほんらいはね、寝る前にキチンとした執筆活動
があるのですね。そこんとこがどうにも間に合いません。弱音ではなく間に合わ
ないのです。たとえれば赤ちゃんが眠たくて眠たくて、風呂で母ちゃんに頭を洗
っている間に寝てしまう。そんな状態でありました。

 いつもどおり話は突然変化しますが、ぼくは土曜日に熊谷市まで足をのばしま
した。市内でも熊谷駅のそばです。するとどうでしょう。国道125号から少し
入れば目的地なのですが、当日は祭りの最終日、道路はずべて進入禁止です。あっちこっちとウロウロしたのですが、やはり進入は無理でしたね。

 おまけに祭りとやらで、近隣の駐車場はどこも満杯。ファミレスも満杯。しか
し2時間も掛けてですよ。延々とやってきたのに、何もせずに帰ることは許され
ないのです。しかたなくだいぶ遠くに車を止め、祭りでにぎわう街を20分も歩き
目的地へ。

 しかし祭りは見事でしたね。山車が10機も出ています。そこいらじゅうの通
りは露天でいっぱい。人もいっぱい。浴衣をきた女性がなんとも美しく、オジサ
ンずいぶんとみとれてしまいましたね。

 いくつになっても祭りの囃子は気分を高揚させます。身体が動きます。少年の
頃、大人の神輿を早く担ぎたいと思ったものですが、そんなことを思い出させて
くれました。

 ぼくは仕事をとっとと10分で終え。もう一度カメラ片手にお神楽を演じてい
る舞台へと、そこで気がつきました。車は道路に止めてあるのです。いくら祭り
とはいえ、街中の住宅地にとめた車を、大きな広い目で見守ってくれる人が熊谷
市には多いのです・・なんて話は聞いたことがありません。あわてて車のある場
所へ戻りました。

 セ−フセーフ。なんとも熊谷市星川2丁目から西方向に20分ほど歩いたあた
りの住民は、その多くは、こころ優しく、慈悲に溢れ、そこいらの道路に土曜日
の午後1時前後、祭りの最中で人がいっぱいの街外れに止めてある車には寛大な
心を示してくれるのでありました。

 ぼくは熊谷市星川2丁目から西方向に20分ほど歩いたあたりの住民から、大
いなる愛に包まれているのを確信しつつ帰路についたのであります。ロングドラ
イブで少し疲れたけどそれは弱音としての疲れではなく、なんとも心地よい疲れ
だったのであります。
 

           

           試練は続くよどこまでも 7/21

 

「とにかく早くしてくださいね。困ってるんですから」

 いきなりのお小言です。しかーーし、ぼくはこうみえてもキチンとした大人な
のでね、ですからして最大限我慢しつつ、なんとか受け答えをしました。

 えっ、いきなり何の話だって。そうでしたね、これはずいぶんといきなりです
よね。そうなんです、なにせいきなりのお小言がいきなりであったので、これま
たいきなりの始まりとなったわけです。

 なんともイヤハヤの午後であった今日一日です。ことの始まりは3日ほど前、
ぼくは某大手ハウスメーカーよりの依頼で、伊勢原市のお客様へ連絡を入れまし
た。玄関引き戸に網戸を取り付けたいとのことです。

 あの、あまりみなさんご存じないでしょうけど、このての網戸はとんでもなく
高価なのです。公表価格で6万円から10万円の間で数種類あります・・・えと
たかが網戸1枚ですよ。ビックリして倒れませんでしたか?

 とにかくそんなんでいいかげんな受注はできません。かといって伊勢原市まで
下見に行くほどの余裕もありません。てなことで、ここはひとつ、キチンと資料を確認しなければ危ないぞと、なんともかしこくオジサンは考えたわけなのです。トーゼンですよね!

 ハウスメーカー担当者に建設当時の資料を確認してもらい、メーカーの工場で
現在でも製作可能か確認し、さらには再度ハウスメーカーに受注変更がないか確
認し、アレコレ確認し、神様にもお伺いをたて、とにかく頭の中が確認やらお伺いやらでいっぱいになるまで頑張っていたのであります。

 そんななかですよ、あのね、依頼の連絡をうけてからですよ、あーーたねぇ、なんとわずか1日しか過ぎていないのですよ。タクッ。でね、とにかく最初のあのいきなりの電話だったもんですから。もうたいへん。まったく。でね話は続きます。

 オババ  「おたく何してるの!いつまで待たせるの!」 

 オジサン 「えと、ちょっと確認をさせていただいております。です」

 オババ  「あのねぇ、暑いのよね。だから通りから入る風がひつようでしょ
。だから開けておきたいのね玄関を」

 オジサン 「とりあえず確認ができしだいご連絡をいたします。です」

 オババ  「あのねぇ、蚊にさされてたいへんなのよぉ、うちの由美ちゃんが
ぁ、フェラリアにやられたら困るのよぉ」

 オジサン 「とりあえず香取線香など・・です」

 オババ  「あなたねぇ、蚊取り線香なんかダメよぉ。由美ちゃん苦手なの」

 オジサン 「動物用の線香があります。です」

 オババ  「あなた!!なによ!!由美ちゃんは人間よ!!赤ちゃん!!」

 オジサン 「あっ、いや、でも、フェラリアって・・です」

 オババ  「とにかく早くしてよ!」

 まあとにかくなんとも話が噛みあわず、そんでもって赤ちゃんがフェラリアで
、さらには金額をこのあと伝えたら、「ふざけないで!!」って怒鳴られてしま
いました。

 ふざけてはいませんが。ふざけたくなったのは事実です。なんともねぇ、毎日試練は続きますねぇ。人生は試練なのですねぇ。

 今日もじっと手を見ています。
 

 

 

           

            おじさんは瞬時にいろいろ考える 7/20

   埼玉の上尾市へ行くのにはいくつかのルートがあるのです。もちろんぼくの勝
手なルートですよ、行政によって定められたキチンとした正しい経路ではありま
せん。でそのルート選定はね、なんとその日の気分で決まるのです。その日の朝
、ほとんど瞬間的に決まるのです。

 でもって今日はね、瞬間的にいつもどおりのCルートにしました。これは一番
北側のルートです。まぁいつもどおりなので一番安心して走れるのですね。もち
ろん安心と言っても気を抜くわけではありませんよ、ただ道を知っているいうこ
とは、なんだかずいぶんと安心・リラックスできるのです。

 埼玉医大総合医療センターの横を抜け、しばらく走ると入間川から荒川の橋を
渡ることになります。この橋は好きな橋です。名前は開平橋。どちらかというと
ね、上尾市側から川越に向かって渡る景色が好きなのです。そう、橋が特に好き
なのではなく、橋から見ることができる景色が好きなのです。

 上尾市・蓮田市と2ヶ所の仕事をとっとと終えて所沢に向かいました。どうし
ようかと迷いましたがルートは国道16号から富士見有料道路を抜け、浦和市と所
沢をつなぐ行政道路をそのルートに決定。これも瞬時に決めました。そうです、
おじさんは最近瞬時に凝っているのです。

 瞬時瞬時とぶつぶつ言いながら運転していれば、それこそいろんなことを瞬時
に考えるようになれるのではないか、すごいのではないか、などと瞬時に期待し
ましたが・・・・瞬時にそんなことはあるわけがないとの答えがでました。ザン
ネーーーン。

 さて帰路の富士見有料ですが、ここはいつでも空いています。なぜならわずか
の距離で200円取られるからです。ほとんどボッタクリの世界です。料金所には
たぶん2度目のお勤めと思われる役人風オジサンが2名もいます。たいした量の車が走るわけでもないのにね。

 それでも道路はキチンと整備されていて気持ちいいです。このあたりに200
の価値があるのかなと瞬時に思いました。でね、走っていて気になることが瞬時
に出て気たのです。でもそれらはずぅーーーと気になり続けたので、キチンと表
現するならば瞬時とはいえないのです。しかしとにかく今日は瞬時なのです。

 でその気になることだけどね、有料道路沿いの植栽が、なんだかヘンテコな長方形に手入れされていたのです。少し行くと今度は丸く切りそろえられています。
うーーーーん。ぼくは瞬時に唸りましたね。あのね、植栽を四角くしたり、長方
形にしたり、丸く刈ったりすることが手入れなんでしょうか。

 えと植木は瞬時に怒るべきですね。そんでもって瞬時にそんなことをされたら
枯れてしまえばいいんですよ。そうすりゃあ、アホバカな植木四角・丸・長方形
計画を企画断行した、ウンコ行政担当者がうんこ(うんとの間違いです)反省を
しますからね。

 料金所横で休憩をしていたら、なんとすぐそばの植木君が話しかけてきたので
す。えといつも言ってますが、ぼくは超能力者なので、植木君の意思も受け取る
ことができるのです。

 植木君は言いました。

 「あにね、瞬時にでなくていいですから、たまにはキチン考えて見なさい!街
のぼくたちが、君達人間にどんなことを与えてくれているか。すこしでも考えた
ことがありますか」

 ちょっと怒られてしまったので瞬時にうろたえましたが、それでもキチンとし
なければいけないと思い、瞬時にイロイロ考えてみました。

1 緑がすがすがしい
2 みているだけで安らぐ
3 目隠しになる
4 風除けになる
5 家や建物に緑があると落ち着く

 これらのことを思い浮かべると、丸や四角や長方形の植栽には、5番がかろう
じて引っ掛かるぐらいで、あとは当てはまらない気がします。そこで瞬時に思っ
たけど、いったい企画断行したアホバカ担当者は、どんなコンセプトで丸四角長
方形計画を企画したんだろうね。

 たぶんどっかの週刊誌か雑誌に載っていた、欧米の有名庭園かなんかみて、瞬時に決めたのではないでしょうかね。ほんとはもっといろいろ文句言いたいけど今日はこれくらいでやめとこ。
 
 

                        

             ちょっと考えて・ちょっと遠くをながめました 7/18

   少し遠くを眺めてみました。ちょっと文学的な表現になってしまったかな・・
いえね、なにも文章を飾ろうと思ったわけではないのですよ。なにせもう皆さんとっくにご存知のように、ぼくのこの雑文は、とても文章などと言えるもんではありませんから。ちょっといつものように考え事をしていた結果です。

 本日も例のごとくあっちこっちと駆け回り、やっつけ仕事をとっとと済ませ、なんとか無事帰宅とあいなったわけです。今日は近場を3ヶ所やっつけてきました。最後が杉並の久我山です。我が家までは40分ほどで帰れましたね。

 とにかくぼくは、早く帰ることが第一の目標なのです。早く帰って好きなことをするのが目標なのです。いまの仕事はそれほど好きではないのです。好きな仕事を見つけられればいいなと、あれこれ考えています。そうこの年になってもそうなのです。ガヒーーーンですね。でも、そこいらはそれほど簡単ではありません。

 20代の前半に着物(和服)の絵付けの仕事をしていました。唯一楽しかった仕事です。すこし背伸びをし過ぎたために、結局その仕事から離れなければならなくなり、いまでも残念です。それでも楽しかった記憶は、ずいぶんと偏ったぼくの脳味噌でも残っていますよ。

 ぼくたち人間は、けっこう都合よくできてるなと感じます。楽しい思い出や、あるいはこの先に期待される楽しい出来事に、ぼくらは精神の貸し借りをすることができますから。

 ちょっと説明が要りますかね。たとえばいま現在の辛抱が、それらによって助けられることがあるのではいうことです。たとえば母親が息子ために自分を犠牲にすることは、それはきっと息子が見せるであろう喜びを期待するからです。

 あるいは他人から見てそうとう厳しいなと思われるような生活も、なんだかとってもあれじゃあ寂しいだろうな、などと思われる生活も、個人が持っている、過去の楽しい記憶を、毎日食べ続けることで、それほど悲しいものではなくなります。ぼくがいうので確かです。記憶バンザイなのです。

 でね、ちょいと散歩していて気がついたのです。犬達はどうなんだろうとね。かれらには、人間ほど便利な記憶装置はないような気がします。食事をあげるのを忘れたり、少しイライラしているので意味も無く怒ったりすることは、ぼくら人間と違って、たとえすぐ忘れてしまっても、かれらには瞬間瞬間の苦痛に違いないのです。

 「今日はご飯もらえなかったけど、きっと明日は今日の分を合わせたおいしいものをもらえるからいいや。我慢しなけりゃ」とか「なんだかワケわかんないけどうんと叱られたな。でもきのうはうんと優しくしてくれたからいいや」なんてことはない気がするのです。

 だからね、ぼくは彼らの毎日を・毎時間を・一瞬一瞬を、とにかく大事にしてあげたいなと思うのです。傍らで一心不乱に雑草を食んでいる飼い犬をみて、すこし考えて、そして遠くを眺めました。
 

               

             進化する都市と若者  7/17

   「進化する都市と若者」ちょっと気取ったタイトルですが、いつものごとく、たいした内容があるわけではありません。そこんとこはよろしく。

 東京の郊外日野市は多摩地域にあたります。多摩ニュータウンの建設が始まる前は、相模原に向け、かなりな自然が残っていました。もっともぼく自身、それ
ほどこの地域に詳しいわけではありません。ただ、地元の年寄りの話などを聞いていると、タヌキやイノシシなどは普通にいたそうですよ。

 午前中、多摩市の平山というところで仕事をしていました。東京清瀬市の近辺から日野市までは、早朝からのけっこうな雨で、道路に水が溜まっているところがずいぶんとあちこちありましたね。それでもびっくりしたのはアクセス時間です。なんと50分で到着してしまいました。

 いえね、なにもとんでもなく無謀な運転をして急いだわけではないのですよ。
フツウにフツウに走っただけです。なにせぼくは超優良ドライバーです。毎日か
なりな距離を運転しててもズーーーット、ゴールド免許です。エライのです。だから無謀運転はいっさいなしです。

 連休の最後の日で、朝から雨で、行楽地へのルートではなくて、等々の条件が重なったこともあるでしょう。もちろん普段からのぼくのおこないが良いという
こともあるでしょう。しかし今回のルートもそうですが、圧倒的に道路環境がよくなっていることは事実ですね。

 その昔、よく、「ここは裏道ルートなんだ」などと自慢しながら走った道も、最近ではすっかり立派な2車線道路になっていたりします。たいしたもんですね。

 東京日野市から、次は東京練馬区関町までの移動です。通常であれば2時間コースですが、なんと40分で到着。先方には昼過ぎになると連絡していたので在宅か心配でしたが、そこは普段のおこないが良いぼくのことですから、キチンと在宅されていたわけです。やはり普段のおこないは大切です。

 これも多摩川に架かる橋が新しくできていて、スムーズに中央高速国立インタ
ーに入れたからです。昔は延々と北野街道から川崎街道を走ったものです。これがまた混んでいたんだなぁ・・

 さてとっとと仕事を終えたので、自由時間が思ったよりたっぷりになりました。でね、ちょいとホームセンターにでも寄ろうか、あるいはPCデポに行ってひやかそうかなどと考えましたが、意志の弱いぼくは、行くとなにか不必要なものを買ってしまいそうなので、強い意志でやめました。

 いつものようにあれこれ考えながら運転していましたが、いきなりラジオから
吉田拓郎の「結婚しようよ」が流れてきました。ぼくの青春時代の曲です。ぼくにとっては、かなりインパクトのある衝撃的な曲でしたよ。

 彼(吉田拓郎)は、素人のぼくが感じてだけでも、業界からはかなり辛らつな批評を受けていたような気がしましたね。そんなんでしばらくテレビには出なかったようです。

 当時、フォークソング自体が、商業主義を否定する立場から出てきた一面もあるし、それが若者に受けた時代でもありました。そうぼくらの時代は、反発するなにかが目の前にありましたね。

 何かとんでもなく異様な・不条理な・不純な社会構造に反発したぼくは、いえいえぼくだけではないですね。社会の端っこで、か弱い拳を振り上げた多くの若者は、ある意味でね、それはとても幸せな時間を持てたということなのです。そう感じます。

 逆に反発する何かが、表面的にはなんにもない現代の若者には、とても不幸な