おじさんの小さな日常 8月分
 

 
   

            

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          大空と台地の中で  8/19

   

 

この数日間、あまりの暑さのためキチンとした日常の記憶がありません。つまりときどき意識がもどるといった状態が続いているのです。正直言うとここ数年こんな感じなのです。老いですかね。

 

もっとも若い時分でも、あまりの暑さで意識を失い、気がつくと知らない家でご飯を食べたりしていました。もちろん丁重に食後のお礼を述べ、パトカーがくる前に退散したことが何回もあります・・・嘘です。1回だけです。

 

夏の夜はもっと危険です。しば

 

しば寝ていながら意識を失います・・・ん、まてよ、寝てるということは意識がないことなのだろうか?よくわかりませんがとにかく危険なのです。

 

残暑が残る9月、ぼくは仕事の付き合いで、しょうがなく職人さん達との団体温泉旅行に出かけました。正直なところぼくは団体旅行が嫌いなのです。なぜ嫌いなのかを説明すると長くなるので別の機会にします。とにかくその旅行で、宿泊した翌朝、目覚めると同部屋の3名が壁にへばりついてぼくを見つめていました。

 

ぼくはその不思議な光景に疑問を感じましたが、とにかくにこやかに「おはよう」と言いました。しかーし、相部屋のみんなは、とんでもなくオドオドしながらぼくを黙って見つめています。一体どうしたんだろうと、さらに優しく、「どったの」聞くと、彼らは近づくぼくを恐怖の目で見つめ、後ずさりしながら「ほんとに記憶がないの」と、半信半疑ふうで尋ねます。

 

ぼくは長年、大好きな犬と、それこそ家族より仲良く暮らしているので、動物(人も動物)が後ずさりすると追いかける習性がいつのまにか身についています。なもんだから「ウ、ウー」と唸りながら追いかけようとしましたが、すんでのところで人間の理性を取り戻し抑えました。

 

彼らが言うのには、ぼくは夜中に遠吠えをはじめ、でもってウーウーと唸り、あげくに彼らを恐ろしい形相で見つめて威嚇したそうです。それからは1時間をおかずに遠吠えをし、唸り、威嚇をするといった状態が続き、かれらはまんじりともしない夜をあかしたのだそうです。

 

朝方、陽が昇り始めたころ、アイドル少年のような穏やかな顔で、スースーと寝息をたてながら寝ているぼくを、かれらはまだ壁にへばりつい眺めていたそうです。いまでも面影のあるアイドル少年のぼくと、夜中に威嚇する狼男とのギャップはたいそう激しかったようで、かれらは、いくらぼくが穏やかなアイドル少年のような顔でお話しても後ずさりするのでした。ウウー。

 

なぜだかよくわからないのですが、そのことが原因とはとうてい思えないのですが、それ以後ぼくに旅行のお誘いはなくなりました。少し嬉しいです。ついでといっちゃあなんですが、お酒の席にも誘われることがなくなりました。こちらは他の理由がありそうです。そこいらもお話しすると長くなるのでやめます。

 

とにかく夏の暑さや、夜の異常行動や、過度の動物愛護を除いたとしても、ぼくはまわりから仲間はずれにされる遺伝子をどこかに持っているようです。受け継いだものかどうかは、出自が定かでないのでわかりません。ただアッチコッチからドンドンはじかれて、ぼくはたいそう身軽になり、そしてたいそう孤独になりました。

 

けど、こんなぼくでも、どこかに仲間がいるだろうと思っています。もちろん仲良くしてほしい、一緒に旅行へ行きたい、一緒に酒の席を楽しみたいなんてことは一切無く、むしろそこいらは避けたいぐらいでね。ただバカな狼男が、きっとどこかにいるだろうと、そう思います。

 

ただどこかにいるだけでいいんです。それだけでね。 

 

      

  

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                          ただ抗うことに   8/12

     

ただ抗うことに

 

富里インターを降りると、もうすでにぼくの気持ちはざわついていたようです。296号線を南下し、市の消防本部脇を通り抜けると左側が牧場です。懐かしい風景がそのまま残っていました。思春期の思い出や匂いが、これでもかこれでもかとぼくに降りかかってきます。

 

夢を見ました。青春の一時期、ぼくは自身の意思で、この地に文明の塊ができることを拒否をした、いわゆるゲバ青年になっていました。その時代のそのへんの騒動を、世間では、あるいは大方のキチンとした人々の考えでは、ただ単に大勢の仲間と徒党を組んで悪さをした、いわゆるバカ者達の青春、そう捉えられています。

 

みなさんに少しばかり違う側面をお話しましょう。みなさんは何かにむかって意思を表すことをどのように考えますか。幼い子供のオネダリについて聞いているのではありませんよ。元服期を過ぎた青少年が、その意思を表明するにふさわしい年頃となった時のことです。ちょっと遠回りかな。まぁ夢の話ですから、気楽に聞いてもらいたいのですがね。

 

親に引かれたレールの上を、何の躊躇もなく、これといった考えもなく、気楽に要領よく、楽しく毎日暮らすことは、けっして非難されることではありません。ただね、ただそれがあなたの人生のたった一回の青春だとしたら、ちょっともったいないなとも思います。

 

もちろん何が何でも闘え、意思を表せ、自立しろ、なんてね、そんなスローガンをこぶし振り上げてもの言うおせっかいなど、ぼくにはこれっぽっちもありません。なにせ夢のなかのお話ですから。

 

さてぼくは、夢のなかで、いわゆる親の引いてくれたレールを見事に踏み外しました。でもってそれが青春の始まりです。不条理(と思われること)に抗うことで、ぼくは自身の過去を押し流しました。いえたぶんそれは、胸の奥底のEドライヴに、圧縮してストックされただけなのかもしれません。

 

いくら体制を批判し、社会を憂い、自らの行動の体裁をつくろっても、正義をふりかざしても、あんがい自分勝手な理由で世の中を斜めに見ていたのです。笑っちゃいますね。ただ救いはね、そのことに全力でぶつかったことです。

 

まわりの連中もみんな同じようなもの・・・だったかもしれません。それだけ我が大日本帝国が平和だったと言うことです。抗うことが目的だったぼくは、思考することを停止しました。なぜならキチンと考えることが怖かったからです。それほどバカではありませんでしたからね・・・ちょっと意味深かな。

 

とにかくいわゆる知識人受けする、体裁だけは元気で都合のよい理論をオウムのように繰り返し、自身のはけ口をそこに求めていたのがぼくです。いえ、夢の中のぼくでした。それでもね、一度たりとも闘いを悔いたことはありません。その一瞬は、まさにぼく自身の正義だったからです。

 

あることがきっかけでぼくは抗うことをやめました。匂いに、感傷に、青春に、僕自身を沈めたとも言えます。そして自分の感性に抗うこと自体が無意味だということ。そんな単純なことを、ぼくは青春から40年たったいま、やっと気がつき始めました。

  
      

  

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