おじさんの小さな日常 7月分
 

 
   

            

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                           埋没は避けたい   7/15

   

埋没は避けたい

 

文化や文明にどっぷり浸かっていませんか?その気楽さに、あるいは心地よさに、ぼくらはアタリマエのように生活の基準を勝手に定めているように思えてなりません。でね、アタリマエのように、与えられている環境に準じて生活しているぼくらを、ちょっと振り返ってみました。

 

キチンと振り返ってみるとね、無思考に浸かっていることはあんまり正しいことではないような気がしてきたのです。だって飛行機で1・2時間も飛べば着いてしまう隣国では、いま、食べるものもなく飢え死にしている人々がいるのです。自由にものを言ったり考えを表明するといった、最低限の自由さえない環境で、ギリギリの生を日常としている人々がいるのですから。

 

たとえ知らず知らずのうちにぼくらの生活の基準を、成員となっている社会の進展に合わせたものとしていても、あるいは文明社会を当然のこととして受け入れて生活していても、それらはほんとにゴクゴク近い生活の範囲、あるいは地域環境に限られたものであることをね、もっと深く理解すべきだとおもう。

 

ちょっと大風呂敷を広げ過ぎたかな。書いていて途中でわけわかんなくなるときのパターンが、だいたいこんな書き出しのときだね。だから今日も途中でわけわかんなくなりそうだね。まぁ、いいか。

 

あのね、ぼくは毎日1時間程度飼い犬と散歩をしているんだけど、なんとその時間は、こうみえてもいろんなことを考えているのです。まぁ、精神が限りなく偏向しているオッサンの思考ですから。そこいらを割り引いて聞いてもらいたいのだけど、それでもけっこうまじめにいろんなことを考えているのですよ。

 

じつはね、その散歩コースでもある雑木林で、ぼくは、いつも誰かに見つめられている気がするのです。なんだか話しが怪しくなってきたね。時節柄、あまり暑いので怪談の一つでもっていう・・・そういう話題ではないのです。今日はキチンと最後まで頑張るのです。

 

さてと、ぼくがここに引っ越してきた当初は、そんなことがあってこの雑木林に入ることがちょっと薄気味悪かったことは事実です。でもね、そのうちその見つめられ方に、なんだか優しさが感じられるようになってきたのです。

 

あるときぼくは木に向かって挨拶をしました。「こんにちは」とね。するとたしかに木々がそれに応えてくれたのです。もちろん「こんにちは」なんていってはくれませんよ。ただザワザワとぼくの心に応えてくれました。そのように感じました。それ以来ぼくは、できるだけ「アタリマエ」のことについて決め付けることのないように心掛けています。

 

話しがアッチコッチに飛んで申し訳ないけど、このことはけっこう自慢なのだけど、ぼくは「日常」をいつも定型化しないように勤めています。それは埋没することへの不安からです。だからこんな雑文を書いて、ついつい環境に流される自分を見つめなおしているのです。

 

 

  
      

  

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            仲間はずれ 7/10

   

 

また一人の女性が、不倫とかで番組を下ろされそうになっています。結末はどうであれ、ぼくは彼女を応援するでしょう。もちろんぼくは彼女に一面識もありません。別に彼女はぼくになんか応援してもらいたくないかもしれません。そんなことはどうでもいいんです。

 

よってたかって非難されるのを、よってたかっていじめられるのを、よってたかって面白がられ指差されることが、ぼくは大嫌いで、無性に腹がたつのです。

 

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キチンとした大人たちは、きっと「彼女には非難されるだけの理由があるんだ」と、鼻を膨らまし文句を言うことでしょう。あのねぇ、そんなことは100も承知なんでね、ぼくのいいたいことはもっと別なこと。懸命な読者にはお分かりでしょう。ここぞとばかり、まるで社会の悪を代表したように攻めることを、それを「やなことだなぁ」と思うのです。

 

しばらくはこの手の報道が花盛りとなるのでしょうね。だからしばらく、ぼlくは報道番組をみるとグッタリしてしまうのでしょう。こんなとき、たいてい、ぼくはむなしさで小さな胸をいっぱいにします・・・とにかくいっぱいになった胸の奥の方で、小さい自分にぼくに向けられた、同じ年代の子ども達のことを思い出します。

 

よってたかってぼくを・・・無言で非難していた彼らを思い出します。ぼくはあまりめげませんでしたが、それはぼくがただ、ただ負けたくなかったからで、もしぼくが弱かったら、きっとずいぶんと落ち込んでいたでしょう。

 

ぼくが、みんなから敬遠されたのは、それだけの理由があります。もちろんそれは、ぼくがなにか社会的に非難されることをしたということではありません。子供だしね。ぼくの生活環境や、ぼくの資質の問題です。ぼくのそんな経験が、やはり思いを深くさせるのです。

 

経験は学ぶものです。でもって個人の行動すべてに経験が必要とされるのであったら、学習なんか必要ありませんよね。人をだます事が悪いというのは、そういう学習をするからです。経験なんかはしちゃいけません。全部に経験が必要だったら社会はメチャクチャです。

 

だからさ、オトナはね、表面上の正義を振り回す前に、もう少しキチンと学習をしましょう。いろんなことをね。

 

 

 

 心の色彩

 

 色をつけないと仲間になれない

 仲間はずれは色違い

 気持ちはみんなおんなじ色

なんで、なんでおんなじ色が必要なの

気持ちはみんな違うよね

気持ちがいっしょだとなかよしになれるの

なかよしって同じ色なの

いやだななんだか

 

   深津 勝

 

 

  
      

  

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               エコってなんだ? 7/09

   

 

先進8カ国の合同会議が日本の北の方で行なわれているんだけど、そのことが毎日TOPニュースで流れています。なんだかさわがしいね。

 

もちろん世界の主だった国が知恵を出し合って、世の中をなんとかよい方向にもっていこうと算段することは悪いことではないよ。ただね、まわりの騒ぎがなんとも気になるのです。街のヒネクレタオッサンからみると、もうすこし違う言い方で騒がなければいけないな。ちがうことで知恵を出さなければいけないな。と思うのです。

 

「じゃあどんな知恵があるんだ?どんな言い方ならいいんだ!言ってみろ!披露してみろ!番号振って書き出してみろ!」・・・なーんか言われると、すぐさまうつむいてしまうのだけど、でもそう思うのだけは確かです。でもってそう思うっていうことを表に出すことも必要と感じています。

 

あのね、ぼくは流行り言葉を器用に使い、それでもってそれを多用する人があまり好きではありません。「どうだい、ぼくは・わたしはこんなに先進的なのよ」って言っている感じが、連中の身体全体からにじみ出ているからです・・・とヒネクレタ街のオッサンは思うのです。感じるのです。

 

でもね、ヒネクレタ街のオッサンは、常日頃から動物と親しくしていて、はっきり言うと人間以上に親しみを感じていて、信頼をおいていて、大の仲良しなんで、なもんだから動物的な感も常日頃から養われているのです。スゴイのです。

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そのオッサンが今回の騒動でいちばん感じるのは、ここぞとばかりの「エコ」という言葉の使い方です。そもそもエコロジーとは、生物(有機体)とそれらをとりまく環境との関係について、深くじっくり考えようではないかという学問分野(生態学)のことです。エヘン。

 

どうだとばかし書き出しましたが、辞書で調べたことを書いただけです。すいません。でね、報道関係の人達は、はたしてその生物と環境との相互作用を考える学問の略(エコ)を、きちんと把握したうえでお使いなのだろうかと、そこいらが昨今の騒ぎをみていて気になるのです。

 

はっきり言うとね、人間が道具を持ち自然の流れに竿をさした時、そこが生態学の始まりなんです。紀元前の話です。つまり基準をキチンと把握しないと、あるいはここいらを基準にしますからお許しくだせえお代官様といってから議論を始めないと・・・正しくないと思うのです。わけわかんなくなっちゃうのです。街のヒネクレタオッサンにはね。

 

 

             深津 勝

  
      

  

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         すべて夢の中 7/08

   
 
朝から雨、ずっと雨が続くと思ったらそれほどでもなく、それでも未練たっぷりに昼過ぎまでふったり止んだりしていましたね。もっとも未練がましいのは大好きです。ぼくなんかいつまでもいろんなことを未練がましく持ち続けています。
 

話は突然飛びますがぼくの育った家では、居間に天皇皇后両陛下のお写真が飾られていました。でもって天皇陛下は日本のお父さんで、皇后陛下は日本のお母さんと教えられたのです。毎日のように天皇様と皇后様に見つめられて育ったのです。

 

ぼくの精神は、普通の子供らと違う育ち方をしているので、なもんだから毎日見つめられているうちに、ぼくのお父さんとお母さんはひょっとしたら天皇様かもしれないと、その方向に進んでしまったのですね、しょうがないのです、なにせ毎日見つめられていましたから。
 

そのうちいくらか普通の精神が育ってきてからも、やはり小さい時分の記憶も出始めて、いろんなものが混じりあっていつのまにかぼくは天皇の隠し子になっていました。時が時なら不敬罪になりそうです。つまりいろんな悲しい記憶を、子供なりに良い方向に持っていく術を自然に習得したに違いないのです。そう思っています。

 

あのね、ずいぶんとさらっと書いたけど、これはふつうはずいぶんと悲しいことなんです。だから引きずるのです。いつまでも。無理やり忘れることはね、やはり無理のようです。だから無理はしません。
 

散歩の帰り道、いつも通る学校脇で交通監視員のおばさんに挨拶をします。おばさんはいつもにこやかにぼくを見て、ケンタクンをみて挨拶をしてくれます。小学生の子ども達も元気よく挨拶をします。
 

たぶん、ぼくが子供の頃、交通監視員のニコニコ笑顔に出会っていたら、ぼくはその人をお母さんにしていたことでしょう。ハハハ、なんとも都合いいですね。
 

生き急いだとは思っていません。けど、早くオトナになりたかったことは事実です。だからやはり、やはり少し急いだかもしれません。ふりかえればすべて夢のようです。


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 ときどきの雨



 

 中途半端な雨は気持ちを濡らすね

 できたらガツンと降ってほしい

 心の音楽をかき消してほしい

 休むのは勝手だけどさ

 中途半端はいやだな

 せめてつぶやきを消してほしい

 雨音だけでね

 

 

             深津 勝

  
      

  

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              腹が出てる  7/07

   

 

「弱ったなぁ」と、ぼくは自分のお腹をながめながら、こいつは本格的にナントカしなければいけないなと、真剣に思いましたよ。こんなんじゃなかったんです。ついこの間まではね。ついこの間はちょっとオーバーかな。でも50台の始まりのころまでは、お腹関係はけっこう自信があったんです。

 

じつはね、今日、昼間、ちょっとばかし腹が空いたので、カミさんも娘も、はたまたいつも意地悪そうな目で我が家をチェックしている悪徳黒カラスもいないこと確認して、片っ端から食いたいだけ炭水化物方面を食いまくってしまったのです。満足したなぁ。満足はしたのだけど・・・

 

なんだかね、少ししたら自分の腹がとんでもなくフクレてるのを実感してしまったのです。なもんでとにかくここは我が家の愛犬ケンタクンと、日曜でもあるし、少しばかり遠出の散歩でも行ってくりゃあ、あっという間に腹も引っ込むだろうと出かけました。長袖を着て長ズボンを穿いて、汗イッパイイッパイの体制もキチンと整えながらね。

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今日もいい天気だったので、昨日に引き続き大汗をかきましたよ。おかげでお腹の下の腰まわりなんかは、汗だまりができたせいか、なんとも痒くて、知らず知らずのうちにかきむしってしまいました。まぁそれはそれでけっこう気持ちいいんですけどね。

 

あのさぁ、最近とくに思うんだけどね、若い時分の食べても食べても、そりゃあ一時的に腹がフクレることはあっても、次の日にはすっかりペッタンコでカッコイイお腹にもどっていたあの時代は、どこへ行っちまったんだろうかとね。

 

たった一日バカ食いしただけで、お腹がフクレて、そんでもってそのフクレはそのままいつまでも直らなくて、挙句の果てにそのまま定着するといった、激しくオヤジ方向に舵をきったのはいったいいつの事なんだろうとね。こんな不条理が世なか通っていいものかと、ぼくは怒り、激しく机を叩きましたよ、ドン・・・

 

えともちろんバカ食いしなければいいことで、そこいらがキチンとした大人方面の生活をしている人々とぼくとの決定的な違いで、であるからキチン人生にはアタリマエのようなことが、普通ではないこのおじさんには大問題なのです。

 

フクレた腹をみながら、ケーブルテレビで痛快活劇を見ながら、いつの間に寝ていました。でもって「いいんだこれで、これも人生なんだから」なんてなことを、夢の中で優しく思いました。

 

             深津 勝

      

  

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             ヤッカイなもの  7/06

   

それほどたくさんはない。それでもこいつだけは記憶から、思い出から、なんとか消えてほしいというものがいくつかあるのです。けどなかなかそうはいかない。こいつがじつにヤッカイでね。

 

時と場所を選ばす、ほんのちょっとしてきっかけで、ぼくのあまり豊かでない脳みそを占領する。豊かでないので、とうぜんのことキャパ乏しい。そんなところにドドーーットこのヤッカイ連中がいっぺんに押し寄せてくるのです。

 

昨日のことだけどね、ぼくは久しぶりにうんと肉体労働をしました、それもアツイアツイあの真昼間にね。穴を掘りモノを組み立て、植木を剪定(せんてい)し、そして身体を動かしいながら強い日光に夕方まで身をさらしたのです。

 

仕事をしながら思いましたよ。こんな日のあとは、きっと、精神もうんとお陽様にさらされた後のこんな日は、こころがうんと自由になりそうだな・・・とね。

 

もちろんいいこともたくさんあるんですよ。心地よい疲労感は普通精神を安定させてくれます。優しくなります。でもね今回はちょっと違いました。夕食後、ひとり何気なく見ていたテレビ番組で、往年の歌謡曲のヒット番組を特集してたのです。時々やる例の思い出の曲です。
 

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たぶん皆さんも同様でしょう。音楽には時代の心が、気持ちが、感情がくっつきます。みんなそれぞれの、自分だけのオリジナルなそれは、曲が流れるたびにそんな時代を思い出させてくれますよね。じつはこれがヤッカイの元凶です。すくなくともぼくにはね。

 

思い出や記憶や感傷は、たいがい楽しいものではないようです。イヤイヤそんなフウに言いきってはいけないですよね。言い換えます。「たいがいは悲しいものが多いようです」かわんねぇか。

 

疲労感が相乗効果となり、ぼくのそのオリジナルな時代音楽は、ぼく自身を締め付けました。そっと引き戸を閉め、家人に気づかれないようにタオルを目にするのは、ただの悲壮感を満タンにしたオヤジです。

 

けれどもぼくは、打ち寄せる悲しみに、その感傷に、なんとも表現しにくいのだけど、心地よさも感じているのです。不謹慎ですかね。

 

 

   夢うつつ

 

 

 少し期待が過ぎたようだね

 酔えるといいのだけどね

 頭はすこしも疲れていない

 期待が、やはり過ぎたようだな

 昼間あれほど汗をながしたのに

 汗は記憶を流してくれない

 

             深津 勝

 

 

  
      

  

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              夏が・・・キターー  7/05

     

日本の空に夏がぁ、>>>>>>>>キタァーーーーーーーーーー


 ・・・「いい歳して」って言われそうですね。

 

そのとおりぼくはいい歳なんです。だから楽しく元気で毎日を暮らしたいとおもっています。最近はテレビもよく見ます。よくって言っても長い時間というわけではなく、ちょくちょくということですけどね。
 

とにかくできるだけ世間の話題に引っ付いていこうと、遅れないようにと、娘に何か言われてもポカンした顔をしないようにと、努めています。

 

でもねぇ、これがなかなかしんどい。ぼくなんかはですよ、それこそ団塊の端くれですが、いわゆる戦後派バリバリなんです。だから戦前に生まれたサマジイなんかとは一線を引き、若さとバカさで世間を渡ってきたのです。それが気がつくと・・・

 

まぁね、ぼくらを年寄り扱いしているキミたちも、いずれ歳はとります。だからかわいそうな年寄りをですよ、指差して非難するようなことは絶対してはいけません。バチがあたります。エッ、「バチってなんだ」って、いやはや困ったね。ほんとにバチ当たるよ。キミッ!キミのことだよ。
 

さてきょうはとんでもなく暑い日になりそうです。ぼくはこういう記念すべき(何が記念かというと、この夏の始まりのアツイアツイ1日となるからです。まちがいない!)日は、動物的なカンでわかるのです。ふだんから動物となかよくしているので動物的カンが発達しているんです。
 

だから仕事にクーラーBOXを持参します。中には冷たくしたアクエリアス(ノンカロリータイプ)と麦茶とにんじんジュースを入れるのです。豪華3点セットで闘いに挑むのです。仕事は闘いです。爆発です。人生バンザーーーーイ。


えーとですね、ちょっと説明をしますが、ぼくのこの書き飛ばし雑文はその場そのときの感情が主です。中身はほとんどありません。したがって読者が、いますぐこの先を読むのをもうやめよう。読むだけバカになる。ウンコがしたくなった。と思われても気にしません。
 

その類のコメントを書かれる方も数多くいます。けどその類のコメントには一切の返事をしません。なぜって?それは途中からウンコがしたくなるからです。最後まで読めないのです。あらためて読む気にならないのです。
 

皆さんもその程度の気持ちでお読みください。人生たのしいですよ。雨降ったらどうすっかな・・・



 

日本の夏


 

緊張の夏

カァーーー カァーーーカァーーー

遠くでカラスが鳴いてらぁーー

赤城の山も今宵限り

緊張の夏

いつまでも父を待つ

バカ丸出し

緊張の夏

 

         深津 勝

  
     

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                  動物的・・・ 7/04

   
 

 

動物的な・・・

 ちょっと微妙なタイトルですが、決して怪しいものではありません。・・・なんて言うと、かえって書き出しそのものが、だいぶあやしくみえてきちゃうな、まぁ、いいか

 さてと、なんだかジメジメタラタラジトジトピチャピチャとした天気が続いています。これはこれで近くの雑木林にも、あるいは近所に点在する畑にも、はたまた市民農園にも十分に必要なものなのでしょう。
 

「なんで市民農園が含まれるのか」「なんでジメジメだけでで終わらないで、タラタラジトジトピチャピチャまで必要なんだ」といった類のツッコミみには返答しかねます。書いてるぼくにもよくワカンナイのですから。

あのね、突然ですが乾きはうんと怖いのです。大地にも、ぼくら人間にも、犬族にもね。なんつたって最近は、ぼくなんかも必要以上に水分が必要みたいなのです。それほど大汗をかくわけでもないのにね。

 エッ、なぜだって。うーーーん、それはね、やはりある程度歳を重ねると、知らず知らずのうちにお肌が乾くからです。つまり、だから、いわゆる美容には水分が欠かせないのです・・・といった、「オネェ」方面の問題ではなく、自然の摂理なのです。そういう風にものの本に書いてありました。

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気がついたのですが、水分がなくなると心まで乾燥します。だから精神に必要以上の潤いが必要なぼくには、常に2リットルのアクエリアスノンカロリータイプ)が必要なのです。なぜアクエリアスなんだって・・・今日は突っ込みが多いな。

 そこいらを説明すると、また長文となり、読解が難しくなり、参考書を買わなければならなくなり、文教堂は近くになく、駅前の本屋「腹黒堂」は雑誌が主で、なぜ潤いにおけるところの「必要水分とアクエリアスの整合性について」なんていう問題を解決できる書物は置いてないのです。

 とにかくきょうは「動物的な」というタイトルなのです。だからほんらいならそちら方面の話題をキチン書かなければいけないのですね、しかしいつものようにアッチコッチに考えが散乱するのでゴメンナサイ。

 言いたいことは、もうすぐ梅雨が終わってうんと暑い夏がやってきそうだということ。いやいや今年の夏はウンコ暑いと断言できるということ、それをぼくの肌の乾きから感じたということ。それだけなのです。はい。

                               深津 勝

  
      

  

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           旅立ち 7/02

 

   

少年の頃から、そしてもうすぐ老境に入る今も、ぼくはたとえそれがどんな小さな別れでも胸が締め付けられます。ただただ、なんともだらしなく「別れ」が辛いのです。

 

始まりはずいぶんと昔になりますよ。ぼくが4・5歳のころ、唯一の仲良しであったジョンという名前の犬を、目の前で、酔った黒人兵に殺されました。狂ったように叫び、手を振り上げながら黒人兵に向かっていくぼくを、その光景を、どうしたって忘れることができません。

 

楽しいことや嬉しいことがいくらでもあったはずなのに、そこいらの記憶は何処かへ行ってしまい、ぼくにとって灼熱地獄に値するような、そんな記憶だけが、光景が、どんなに忘れたくても取り去ることができないのです。いまでもね。

 

光景の描写は止めておきます。どんなに言葉を選んでも、どれだけ大人の文章体裁に挑戦しても、読み物にはなりません。ぜったいにね。ただ、これだけは申し上げましょう。

 

黒人兵に向かっていくぼくを必死に止めてくれたおじさん、まわりにいた知らないおじさんやおばさんがみんな、みんな、その黒人兵を鬼のような顔で睨んでくれていたことをね。

 

たぶんそんなとんでもない経験が、いまのぼくのすべての基礎になっているのでしょう。そう感じます。そしてそんな地獄絵図が、ぼくが自分で意識することができた最初の「別れ」です。

 

その後も、いわゆる世間ではけっこう辛いとされる別れを経験しましたよ。でもね、最初のうんと辛い別れを経験したぼくには、どーってことはありませんでした。「そうかい」って感じです。だから相手にはね、ずいぶんと心根の冷たい子供と思われたことでしょう。

 

家族を持ち家庭を持ち上の子が小学生になった年に、我が家に子犬が同居を始めました。知り合いから犬をもらってきたのです。子ども達のためではありません。漠然とですが、今振り返ると、たぶんぼく自身がなにかを求めていたのでしょう。そう感じています。

 

犬は、ぼくらよりうんと短命でうんと感受性が強くてうんと純粋です。それだけにぼくらが接することで、彼らが受けるであろう意識には、心を込めた愛情が不可欠。小手先のテクニックなどはすぐ見破られてしまいます。

 

かれらに純粋に接する努力が、中途半端で、いつまでも子供で、たいそうわがままなぼくを大人にしてくれました。以前と比べればうんと大人になりました。まだ不十分ですけどね。

 

ときどき思い出す彼らですが、ぼくをどう意識してくれたか、みんなぼくと一緒に過ごせて楽しかったか、よい一生だったか・・・なんて、バカみたいに気になります。だから、いまでも精一杯、後悔のないように接しています。

 

かれらへのメッセージ

 

「旅立ちの時は、どうかいい記憶だけを、楽しかったことだけを、そしてぼくの精一杯の気持ちを持って行ってください。お願いします」 

 

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 石

 

 どこにでも転がってるとおもうなよ

 「石ころ」なんて呼ぶなよ

 裸足で歩くことなんかないんだろ

 だったら嫌うなよ

 排除することはきれいなことなの

 ちがうだろ

 石投げるぞ

             深津 勝


 

  

      

  

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                           悪徳黒ガラス 7/01

   
 

 「埼玉新座市の朝は早い」なーんか言いながら、コーヒーを片手にベランダでカッコつけていると、早くもカラスの早朝攻撃を受けそうになったので慌てて部屋に戻った。油断も空きもない。

どっちにしたってなんだな、「ニューヨークの朝は早い」なんていうナレーションをバックに、高層ビルの洒落た部屋からセントラル公園を眺めている絵とは、それこそ大違いで、まるっきりダサイ。まぁ比べるほうがイケナイのですがね。

そんなことはさておき、この時期の雨はなんだな、カラスと同様不機嫌で、やんだと思うとまたすぐにポツポツと落ちてくる。なんともすっきりしませんね。だからぼくはカッコつけの朝コーヒーを、そんなこともありさっさと切り上げたのです。

しかーし、想像以上にこのカラス野郎どものしつこさはないね。普通じゃないな。なんてブツブツ言っていると、以前カミさんに言われたことを思い出した。

じつはね、白状すると、この1・2年で、何回かカラスに石を投げたことがあるのです。もちろん攻撃を受けたからですよ。カミさんが言うには、連中はそのことを覚えていて絶対に仕返ししているに違いないのだそうです。

とにかく覚えているのかいないのか、ぼくの顔を見ると「アウッ・アウッ・アウッ・アウッ」なんて鳴き声発しながら2・3匹が集まってきて、ぼくを威嚇します。

とにかく徒党を組んで目を吊り上げて(目の件はそのように感じるだけで、じっさいは最初から吊り上っているかもしれません)波状攻撃を仕掛けてきます。ぼくは防戦一方でだらしないのだけど、とにかくケンタクン(飼い犬の名前)が襲われるとかわいそうなので石を投げたのです。

「あのさぁ、悪徳黒ガラスなんてもう言わないからさぁ、ここいらで手を打とうよ」なんてね、このあいだから何度もそう呼びかけているのだけど、向こうは聞く耳もたずって感じですね。

恨みとか憎しみとか怒りといった、そっち方面はうんと知恵がまわるのでしょう。きっと。でもさぁ、ほかに覚えることはいくらでもありそうなのにねぇ。たとえばですよ。

     たとえはゴミの袋から食い物を漁ることはイケナイこと

     朝っぱらから大きな声で騒ぐと近所迷惑

     巣の下を通る人間様にたいして無遠慮に攻撃をしかける

     排泄を人の家のベランダに落としていかない

などなど、とにかくぼくの顔はさっさと忘れていいからね、キチンと社会常識を身につけてほしいのですね。ほんとに。 なに、「オマエに言われたくない」・・・ ごもっとも。

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