おじさんの小さな日常 5月分
 

 
   

            

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                              夏が来る前に      5/29

   
 

季節の境目にお願いがある。もしですよ、もし季節にキチンと境目があるのなら、ぼくは断然お願いをしたいのです。大事なお願いをね。

少しばかりぼくには衝撃でした。あのね、いまさらという感じもあるけど、ぼくにはキチンとした、そう自分の思いを伝える言葉が、なんだかとても少ないことに気がついたのです。ほんとにいまさらだね。

キチンと思いを伝えることが、これほどヤッカイでたいへんなことである事を、ぼくはずいぶんとウッカリ忘れていました。というか気がつきませんでした。そのうえぼくには、そこいらのボキャブラリーが惨めなほど少ないのです。致命的にね。 

うんん・・まてよ、この「ボキャブラリー」って言葉についても、そこいらはほんとはキチンと伝えなくてはいけないのだろうな。ちゃんとした大人の回答は、皆さんがご自分で広辞苑でも引いてもらえばいいのだけど・・・要するにね、それは自分が使える単語のことでね。その総体をそう称しているんだね。そう思います。

 さてと、いまぼくの大好きなケンタクン(飼い犬)がぼくを見つめています。こいつはいつもカッコイイのです。ぼくの目標です。 

彼は今年10歳になりました。人間の年齢で言うと70歳ぐらいの見当ですかね。でもぼくには3歳や5歳や7歳のころの彼と、今の彼との違いがよくわかりません。ちっともわかりません。わかりたいとも思いませんね。 

でね、ぼくは彼に「キミを家族同様とっても大事に思っているよ」と言うことを、ある日とつぜん、とっても切実に伝えたくなったのです。突然なので理由はよくわかりません。 

さてと、問題はここから始まります。ぼくのこの偏向したウスラ脳みその奥の方に、なんともほんのカスカにだけど、とにかくそこにある「カス記憶」では・・・違うなぁ、とにかくその「カスカ記憶」では、なんだかいつも毎年、この時期に同じように「切実」に思っていることを。やはり突然思い出したのです。とにかくいつもなんでも突然です。 

だけど、しかし、なんともしょうがないことですが、犬に限りなく近い人間のぼくと、人間に限りなく近い犬の彼とでは、やはりコミュニケーション手段が限られております。それでも双方限りなく近いので、ある程度意思の疎通は可能なのです。 

しかしねぇ、やはりボキャブラリーの少なさが・・・ 

えーとですね、ここで申し上げておきます。「人間と犬とのあいだに通用するボキャブラリーなんぞあるわけがない」と怒って、ご自身の机をバンバン叩いているアナタ、アナタはさっさと退場してください。とにかくこのオッサンの乱れ書きでは、犬と人間との境はそれほどないのですから。そういう世界なのですから。 

さーて、言いたいことを言ってまた読者の半分を失ってしまったわけですが、そこいらは気にしません。いろんなことを気にしていたら、犬とお話しながら散歩なんぞできません。雑木林でケンタクンと連れションなんかできません。ズボンの後ろがふくらむぐらいの大きなオナラを人前でできません。

恥ずかしくて「できません」をいっぱい持っていて、それらを平気でおこなうことを気にせず生きていると、年をとらないようですよ。ぼくなんかいつも10歳ぐらい若く見られています。だからほんとうは30歳と336ヶ月なんだけど、まわりからは30歳と240ヶ月ぐらいに思われています。 

めんどくせえなぁ・・・と思われて渋々計算をされているアナタ。アナタはエライ!

 さてさてさてさて、とにかく毎年おんなじことを思ったり悩んだりすることは、なんだかとっても面倒だなと思います。だからね、季節の変わり目あたりを一手に引き受けていて、でもってそこいらの元締めをしている神様がおられたらね、ぜひとも変わり目の数日前に、そっとぼくに知らせてほしいのです。

 

 夢で逢えたら

 

できれば闘いをやめたいな

音楽をともに楽しもうよ

もっと優しく話せるはずだね

手をつないだって恥ずかしくない

キミと普通に生きていけるとおもう

だからもっと感謝したい

 

         深津 勝


 

  

      

  

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            報道って 5/08

     

毎日毎日のことだけど、なぜこんなにも同じ内容の視点でしかニュース報道が成されないのだろう。みなさん疑問に感じませんか

でもたぶん、ほんとは賢明なるみなさんは感じているんでしょうね。でもいくら騒いでも、決して、我が大日本帝国の報道のあり方はかわらないから、かわることがないから・・・とあきらめておられるんでしょう 

ぼくは賢明ではなく、それほどキチンとした社会人でもなく、いつまでも青く、さらに単純思考が大好きなので、なもんだから声を大にして叫ぶのです。オカシイダロウってね。

 ただね、ちょっと言いづらいのだけど、問題は報道する側の姿勢だけではないことが、ぼくの単純頭脳でもわかっちゃうことなんだね。

もちろんメディア側の姿勢のほうがうんと罪は重いけど、でも報道を受け取る側の姿勢にも問題があることを、ぼくは指摘したいな。はっきり言っちゃうと、我が大日本帝国人民は、みんな「ステレオタイプ社会的反応病」になっているのだね。 

まぁでもそう結論づけたとしても、やはり病気のもとを探らないと正しくないのでね。おじさんはキチンと考えました。結論は、さんざん言われてきたことでもあるけど、やはり記者クラブ制度でしょうね、それから放送寡占。 

そこいらのことをうんと細かく説明すると、それこそとんでもない時間がかかるので省くけど。でも元凶はそこです。間違いありません。 

少しだけ説明しましょう。あのね、メディアの一番重要な役目はね、ぼくはメディアそれぞれが責任を持ってなす調査報道と考えているのです。でもそれらは、記者クラブ制度がある以上、これまでもこれからもたぶん成されません。する必要がないんだね。 

なぜなら記者クラブで、政治家や役人のおこなう発表を受けて報道することが慣例になっていて、またそれが双方に便利で、重宝で、イロイロなことが操作できるので、とってもお得な機関となっているからなんだね。こんなんじゃあさぁ、多様な調査意見報道ができるはずがありません。

ふだん体裁のいいことを言っているメディア側においては、ここいらはうんとこ頭が痛い問題で、そこを指差されると困っちまうんだろうけど、あのさぁ、もういいかげんそろそろ直そうよ。

社会をね、みんなが努力して成熟させるには、やっぱり多様な意見や考えを吸収できる素地を持つべきでしょ。もういいかげん我が大日本帝国もオトナになって、ただただ同じ意見が固まっていれば怖くないなんていう。前時代的な環境から飛び出ようよ

 

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機関区

 

とんがり煙突はそれほどいない

でもまだ生きているんだ

みつからない・・・

じゃあ駅頭で待ち伏せようよ

いつかあっちからやてくるよ

地響きを聞き逃さないようにね

 

         深津 勝

 


  
      

  

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            流す涙  5/06

   
 

 ほんとに偶然なんだけど、ぼくはあることを目撃しました。目撃なんて言うと、ちょっとおかしな感じになるかもしれないな。あのね、ふとしたひょうしで、流す涙をみてしまったのです。女の人のね。

知らない人です。でも、それでもぼくは動揺しました。ひどくね。なんでこんなにぼくは涙に弱いのだろうか・・・ぼくだけなのだろうか。ちょっと考え込みました。

さんざん他人を泣かしてきたのに・・・なーんて、一部の、ぼくをよく知っている人々は、指を刺して非難するかもしれません。それでもぼくは胸をはります。

なぜだかわかりますか。あのね、たとえ相手が涙を流し、うつむいて悲しんでいたとしても、ぼくはけっして、相手を傷つけるような行為をしたとは思わないからです。思っていないのです。

ぼくは他人を泣かせたとしても、うつむかせたとしても、ぼくはそのとき、その相手以上の痛みを、傷を感じ、それを全身で受け止めました。でもそれらは、たぶん言い訳に聞こえるのでしょうね。でも真実です。

彼女は泣きながら、うつむきながらも美しかった。それはやはり性の差で、ぼくら男にはないものでしょうね。あのさぁ、男はみんな涙に弱いってほんとうかなぁ。量ることができるのならば方法をおしえてほしい。

 

 

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自動詞

 

I don’t cry

I don’t cry for her

目的がなければいけないの

それだけで簡潔したいのに

なんで寄りかかるの

ぼくはいつまでも無頼でいたい

 

          深津 勝


 

  

      

  

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             エンドレス  5/05

   
 
 できれば、できるだけ長くいてきていてほしい。

 すこしばかり感傷的になってしまっています。長い休みのせいだろうか・・・ちがうね。たぶんぼくの精神のどこかにある傷が、時と場所を選ばす現れてくるその後遺症がやってきたのでしょう。

 すっかり緑に覆われた雑木林はもう緑だけです。人工の建造物はみえませんよ。傷だらけのぼくは、きょうは少しだけ、いつもよりゆっくり歩きます。歩きたいのですゆっくりとね。

 小さな木々、倒木、枯れ枝 そこいらをまるでダンサーのように飼い犬は飛び回ります。だからぼくも駆け出しました。でもダンサーのようにはいきません。ダンサーとしてはすこしばかり年を重ね過ぎました。

 犬は家族だなんて、だれかがニコニコしながらテレビ画面で話しています。だいぶ得意そうにね。たしかに、家族・・・でも家族ってそれほどニコニコして話せることだけではないんだな。

 守ってあげる対象が、一方的に信頼をしてくれるとき、ぼくは愛を感じます。ぼくにとっての愛はいつも与えるものです。心底そう思います。だからそれほど受け取りたいと感じるものではないのです。つまりぼくは幸せだということでしょう。

 わずかな経験だけど、ホテルの高窓から見る大海原、トップゲレンデから眺める雪景色に覆われた山々、車窓から感じられる、車窓がすっかり覆われるほどの深い樹林の息吹、かれらはすべて愛の対象です。ぼくにとってのね。

 生きているのですから。一方的に信頼してくれているのですから。だからさ、ぼくらもそれに応えようよ。

 めらしくケンタクン(愛犬)がつまずきました。ヤツも年を重ねていますからね。

 浮かれて飛び跳ねて葉っぱを食べて、そこいらじゅうにウンコをしてオシッコをして、そのまま汚い足でぼくに飛び掛ってほしい。

 いつまでも。

 

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 感動

 

 小さなみどりが笑っていた

 ぼくを通行止めする

 ぼくはどっちへ行けるの?

 えっ、踏んでいいの?

 小さなみどりは笑っていた

 ぼくは、ただ立ち止まっている


 

  

      

  

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              夏・雑木林      5/04

   
 

 雑木林はもうすっかり夏準備を終えていますね。我が家の近くにけっこうな雑木林があるのです。

 愛犬ケンタクンとの毎日の散歩が、もうかれこれ10年以上続いています。エライのです。いくつかのコースはありますが、それでも毎日おなじルートをたどり、おなじ建物を通り過ぎます。

 違うのは景色のうしろにある、ぼくの感性が混ざった、ほんとうの背景です。

 もちろんね、そこはぼくの感性なので、そこいらはまったくいい加減なものなのです。しかーし、その背景の基礎は季節、四季なのです。だからそこだけは絶対にキチンとしていますよ。

 さて季節の移ろいは、想像以上にぼくの気持ちを穏やかにしてくれています。またうんとこの小さな胸を動揺させもします。それは長い間の集積、つまり続けていることでしか感じられないもののようです。すくなくともぼくにはそう感じられます。

 だからね、その日その日それぞれが楽しくもあり愉快でもあり、そして悲しく最低でもあるのです。ぼくのとんでもない感性の日常は、とにかく季節以上の移ろいとなるのです。なにせ基礎がい加減なのでね。ハハハ。

 その日の気分や感情しだいで、景色はその姿をたいへん美しくしたり、あるいはとんでもなく悪意に満ちた背景としますよ。だからぼくは、いつも心を平穏にし、そんでもってたいへん美しくなる景色を楽しみたいと願っているのです。願ってはいるのですがねぇ・・・

 朝は3階の屋根裏から昇るお日様に手を合わせるのです。夕方にはその日の感謝を込め夕日にお別れをします。そんなふうに毎日を過ごしていても、それでも、我が大日本帝国の「いま」はぼくをイラつかせます。このイライラ、いったいどう説明したらわかってもらえるでしょう。

 まぁしかしなんですね、そこいらはわからなくても日々の生活に支障をきたすものではありませんね。反対に日々のお勤めにはわからないほうがよいかもしれませんね。日々の人間関係方面には不要なものでもあるかもしれません。

 なにせオッサンの感性はとんでもなく特殊なのですから。日々無事になにごともなく過ごしたい方々は、けっしてこのおじさんの感性を理解しないようにね。

 

 

 兄弟

 

 

 ちゃぶ台をはさんで先をあらそう

 オカワリのタイミングが勝敗を決するのだ

 よく噛むなんてとんでもない

 とにかくオカワリだ

 茶碗のご飯を3口で食べる

 佃煮の小皿はできるだけ近くに

 味噌汁は流し込むために

 勝った

 兄貴はいつも、ぼくを睨んでいた

 

 

 

 

       
      

                 

             

 

 

            湯呑み     5/03

             

 

   
 

 アマゾンでちょっと調べてみました。けっこういい値段なんですね。

 有田焼・備後焼・清水焼・信楽焼・萩焼・益子焼・・・

 それでも骨董ではないかぎりちょっと踏ん張れば買える値段ですよ。あのね、なぜこんな話題になったかというとね、じつは先日の合同誕生会(家族親戚で、経費をかけずに、とにかくいっぺにやっつけてしまう誕生会のことで、我が家では年に数回おこなわれる)で、娘からのプレゼントが、有田焼の湯呑みだったのです。

 少し変わった形でした。四角いようで四角くない、丸いようで丸くはない、チャンチャンチャンてなかんじの湯のみです。これがね、しかもなんとも高そうな湯のみなのです。それでそれでなんということでしょうこれが有田焼なのです。しつこいですかぁ。


 娘は少し恥ずかしそうに「高かったよ・・・」そういいました。単純なぼくは、とにかく嬉しくて嬉しくて、妹夫婦のうるせえクソガキがくれたパンツなどをほっぽり投げ、両手でそれを持ちアチコチ眺め回しながらニコニコしていましたね。


 さて毎日使っているのですが、なんとも味わい深い湯のみなのです。でもってなんとなくアマゾンを覗いてみたという次第です。とくに意味はありません。落ちもありません。それが何か!
 




 多彩


 イエローな人影に少しおびえる

 オレンジな集団を心待ちにしながら

 ブルーな物語がぼくの足を止める

 白い雨が、流れるパンチを受け止める

 ただ受け止めてる

 そろそろ歩くのはやめよう

 アスファルトは いつも黒


            深津 勝

 

 

 

 

       
      

                 

 

              

              5/01  Sinkin’Soon

   
 なんだかなぁ・・・
 

 まったくため息がでちゃうね。この国は一体どうなっちまうんだろうか。ちょっと大げさかなぁ。


 

 いえね、5月1日からのガソリン値上げでね、ぼくはずいぶんとお人よしだっていうことをあらためて認識したわけなのです。

 先月の初めに、一日の日に、ぼくはけっこう捜しましたよ。その4月1日から安くなっているスタンドを見つけるのにね。ところがどうですか、きょうのスタンドは、どこもかしこもぜーんぶ一斉値上げ。

 その一ヶ月前にはですよ、それこそ3・4日してから渋々値下げしていたスタンド連中が、ここぞとばかしにいっせいに値上げなんだからね。恥ずかしくないんかね、まったく。

 いったいあんときの言い訳はどうなったの。たしかあんたらは、在庫がハケルマデハ・・・とかナントカ、言ってたじゃないの。違う?

 それがさ、今回はいっせいに値上げ。あのさぁ、何回も言うけどね、今回は在庫はどうなったんだい。あんときはあんとき、今回は儲かるのでさっさと値上げ。ええぇー、ずいぶんとさぁ、自分勝手だよね。

 えとね、おじさん達は見てますよ!でもっておじさん達は執念深いですからね。そういったなんともキチンとしていないスタンドでは絶対に給油はしませんよ。でもってアッチコッチでそういう不埒(フラチと読む)なスタンドがあることを、言いふらしますよ。

 ぼくは心底おもうね。国家の基本的な部分が少しおかしくなっていることをね。

 こういった腐れスタンドオーナーが多いということを、そういうことを平気でできる大人が大多数を占めるということを、じつはね、ぼくはいまのいままで、我が大日本帝国ではありえないとおもっていたんだ。

 だからさ、けっきょくはぼくが、ほんとうのお人よしだったと・・・いうことなんだろうね。



 

 大人(オトナ)



 

 なりたいとずっと思っていた

 なれば正しいことがいっぱいできる

 なれば貧しい人にやさしくできる

 なればいつも他の人のことを考えられる

 なれば好きな人と仲良く暮らせる

 なれば・・・どこにいるの 大人

           深津 勝

 

 

 

       
      

                 

              

 

 

   
 

 


 

  

      

  

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