おじさんの小さな日常 11月分
 

 
   

              
 


 

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               恥ずかしげな残り柿  11/30
 

  

 「毎日の散歩じゃあたいへんでしょう。疲れない?」

 なんてよく言われます。毎度毎度のこの手の質問には、はっきりってうっとおしいのだけど、しかしじゅうぶん大人でしかもキチンとした社会人を目指しているぼくは

 「そうですねぇ、やはりそれは、ぼくだけの問題ではないのですね。こいつらにも、それなりの意思があって、それで希望もあるのです。それはぼくらが生きる意味について考えると同様にね、だから・・・」

 この辺まで話すと、たいていの質問者は、いけないことをいけない人に聞いてしまったな、と思うのでしょう。モロにその感情を顔イッパイに浮かべ、急に自分の腕時計を見たりするのです。

 「イケナイ!こんな時間か。どうもうっかりしていたようで失礼します」なんていいながら逃げていくのですね。ハハハ、

 なんですね、最初から挨拶のつもりかなんかしらないけど、ぼくにとっての犬連れ散歩はほとんど日常で、しかも生活の一部で、そのことに生きることの3割ぐらいは割いているといっても過言ではないのですよ。

 だからね、気軽にそんな質問をすると、ぼくは聞いていただければ30分ぐらいは平気で話し続けるのです、一度30分聞いてくれたおばさんがいましたが・・・かわいそうにフラフラしながら帰っていきました。

 えとそのおばさんたまに見かけるのですがね、どうしたんだかぼくに気づくとサッと方向を変えてね、そんでもって連れている犬を抱き上げて行っちまうんですよ。どうしてだかねぇ。

 いつも思うんだけど、散歩にもイロイロあってね、ぼくのそれは犬が主導なんです。だから止まったり引っ張られたり、急に走り出したりとメチャクチャ。

 だからね、ときどき、さもわかったような顔で、犬との散歩はこうあるべきですなんて話を聞くと、それはお前さんの好きな散歩に犬を同道させているということに過ぎない!と、ぼくもわかったような顔で思うのです。

 きょうの飼い犬(名前はケンタクンといいます)は、ぼくがめずらしく帰宅が遅くなり散歩が夕方になったため機嫌が悪く大変な散歩でした。

 そこいらじゅうで人に唸り、子犬だろうが猫だろうがフランスから交換留学で来ていて、ふだんならゴロニャンと擦り寄るジョセフィーヌちゃんにも恫喝し、オシッコを振りまき、飛び跳ね、草を食いまくりの1時間です。

 さすがに帰り道、我が住まいが近づくころには落ち着きをとりもどし、「こんどジョセフィーヌちゃんにあったらなんて言い訳しようか?」などと聞くので、ぼくはバカ犬の頭を、おもいっきり拳固で殴ってやりました。

 近所の家の柿の木は、葉っぱがほとんど落ちてしまいました。そのてっぺんに残っていて、脚立でも届かないので切り落とせなかった柿が、なんだか恥ずかしそうにゆれていましたよ。

   

 

 

 

 

                 

               無礼なショップ  11/29

 
 

 

 久しぶりに北埼玉郡へ行ってきました。群馬県に一度入り、それから埼玉県北埼玉郡北川辺町というところへです。

 道路は空いていましたね、空はドンヨリの曇り空でしたが、それでもゴチャゴチャした街並みばかりを毎日見ているぼくは、なんだかとてもすっきりします。

 仕事をチャチャチャとチョッ早で終え、収穫を終えた田んぼの、なんだか荒涼とした風景をみながら、ゆっくりと帰路に着きました。

 じつはね、行きは電話に夢中になっていて、羽生インターで降りなければいけないのに通り過ぎてしまったのです。それで仕方なく、次の館林インターで降りたのですが、それでも目的地への到着はね、羽生から向かったのと大して違わない程度でしたよ。

 東北自動車道はわりと好きな道路です。いつも思うのだけど、埼玉はまだまだ自然が・・・というか広い土地がけっこうあります。

 さてその電話なんだけど、なんとも腹立たしい電話でね。ちょっと詳しくお話しましょう。ぼくはよくネットショップを利用します。それはあまり余裕のある時間が・・・こんなフウに言うといかにも忙しいそぶりでいやなんだけど、つまりアッチコッチのお店へ行ってイロイロと見比べるといった時間がもったいないと思うからです。

 それに昨今はね、ネットでもじゅうぶんイロイロ検討できるし、面倒くさくないし、それから一番大事なことは、ネットで買うということが、この数年でかなり環境の整備がなされたようで、あまり負担(精神的な面とセキュリティでも)がなくなったということがあげられるね。

 それがさぁ、ここ2回ほど続いたことでね。すこしばかり頭にきているのです。今日の電話は

 「あ、すいませんナントカショップなんですが、深津さんですかぁ」

 「そうですけど」

 「えと、今回買ってもらったスツールなんですが、4本でいいのですよねぇ」

 「ええ、そのようにオーダーしましたが」

 「あと、それから住所なんですがぁ・・・」

 「住所がどうかしたの」

 「えと番地が記入されてなかったのでオセーテほしいとぉ・・・」

 「あのねぇ、これはぼくが画面を見ながら何度も確認して記入しているんだよ。そちらのフォームに記入したことをね」

 「えとでも、わからないのでぇ・・・」

 「失礼ですがお名前を教えてください。そのうえで上席の人と電話を代わってください」

 この後にでてきた上司らしき人は、相手が「悪いと」思ったのか、やけに最初から低姿勢で、「よく調べたら見落としていました。お届けは明日になります」などと、ぼくの腹立ちを一挙に解消すべく、低姿勢戦法での対応です。

 ぼくは電話に夢中で、羽生インターでは降りることができななかったし、余計に料金を払わなければいけないし、朝ウンコの出が悪かったし、空はドンヨリだし、カラスは黒いし、とにかく腹が立っていたのだけど。

 それでもキチンとした大人を目指しているので、とにかく事を収めました。

 あのね、ぼくが思うにね、これはたぶん確認作業だと思うんです。たぶんショップ側は過去にいくつも手痛いダメージを受けているので、ここはひとつ、うんと疑って、キチンと確認してやろうというこんたんなのでしょう。

 でもね、これはね、消費者からするとうんと腹立たしいことです。そんなふうに嘘つかないでも最初からね「ご確認させていただきたいのでお電話しました」っていえばいいじゃない。違いますか。

 けっきょくぼくはこの手の店では2度と買いものはしないのです。でもってブログ等のたくさん人が見ることのできるメディアで、ほんとは「こういうことをするのはナントカショップです」と言ってしまいたいのです。

 しかーしそれはヤメマス。きちんとした大人を目指しているのでね。だからお知らせしているのはそういう店以外のところです。

 でも友人・知人。散歩で出会う近所のオッサン・親戚・遠縁・飼い犬などにはキチンと言ってしまうのです。だからそういうショップはうんと反省しなさい。フウ。

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               上を見上げると緑  11/28

 
 
 

 
 いつもでもどんなときでも、雨が降ろうが槍が・・・槍は無理だな。とにかくぼくは、毎日、とんでもなくひどい天気ではない限り、飼い犬と散歩をします。日課です。

 話はとんでもなく変わりますが・・・

 えとその前に、あのですね、ぼくはいつでもとんでもなく話がかわるのです。であるので、ときどきこのアホバカ雑文を見に来てくださる方は既によーくよくご存知ですが、初めてオッサンのアホバカ雑文を読もうとし わざわざこのサイトを開いてくださった方々には、一応お知らせするのであります。礼儀なのです。キチンとした大人なのですから。

 しかしながら、お知らせも毎度毎度のこととなると、なんとぼく自身が書くことに疲れてしまうのですね。だからこれからはとんでもなく話題が変わろうが、 その前兆がヒタヒタと押し寄せようが、守屋前事務次官が 夫婦で逮捕されようが、崎陽軒のシュウマイが食べられなくなろうが、が、が、が、ですよ、ぼくは前置きをやめるのであります。すごい決意なのです。

 まぁ、そのあたりで決意を強くしても、社会にそれほど貢献できるわけでなく、ただめんどくさいことから離れることができるといった、たんなる自己満足に過ぎませんjけどね。それが何か?

 あっつ・・・いはやは、別に開き直っているわけではなりません、べつに*額賀って*いるわけではないのです。

 ・・・イカンイカン!、あまりにも話がとんでもなく変わることの言い訳をダラダラと書き連ねているうちに、そのとんでもなく変わる話の内容をすっかり忘れてしまった。ほんとに忘れた。アホもここまで行くとスバラシイ・・・くない。反省。

 まっ、そんなんで散歩にももどるが、いつもどおりの雑木林は、気のせいか緑がイッパイだった。この時期に緑がイッパイなんて可笑しいね。でも上を見あげると、やはり緑でいっぱいでありましたよ。見あげるば、いつもそこには緑がある。そんな社会を、そんな生活を、いつまで続けられるのだろうか。

 ちょっと、いつものおじさんらしくないおじさんがそこにはいましたね。ケンタクンも今日は一緒にしばらく上を見上げていました。


*額賀る* 

「額賀る」とは、聞くところによると、えーとここがとっても大事なことなんですが、あくまでこれはぼくの主張・意見・考え・信条・思想ではなく、聞こえてくるところによるとですよ

「額賀る」とは、いろんなことで、過去の自分の行いを負の方向で指摘されたとき、あくまでそんなことはしていないと、その行為自体を否定するだけでなく、イロイロなことを使って、その否定の実証を創造してしまうといった、いままでとは一味違う強弁行為」

なんだそうです。えと繰り返しますが、これはぼくの意見・思想・信条・考え・趣味・好みとはなんら関係なく、しつこく繰り返しますが、アッチコッチから聞こえてくるお話です。

 

                                                                   深津 勝 → mail 

 
      

 

 

 

                 

 

                うんと豪華なクリスマス  11/27

 
 

  「すぐそこに正月が控えているな」

 なーんて、午後の昼さがりPM3:40分に茶を飲みながら、せんべをかじりながら、ようかんをモグモグさせながら、いろんなものを口に入れながらカミさんに言ったら。

 「なに言ってんの、もうすぐク・リ・ス・マ・ス。そんでもって今年の飾りつけはうんと豪華よ」

 などと言われた。

 うんと豪華って言ったって・・・いつもけっこう、それほど豪華ではないけど、そこそこ派手で、しかも日に数人は、孫の手を引いた近所の人、らしき人が来るほどなのですから。はやりほどほどでいいのではないかと考えるのです。なにしろ飾りつけはけっこうたいへんで、片付けもけっこうたいへんなのです。

 ぼくはさらに口をモグモグさせながら

 「そうだこうしよう。あのね、今年はうんとシンプルでしかもデザイン的に優れていて、それでもって近所の人からも、派手ではないけどセンスいいね。なーんて言われる、そんなヤツでまとめよう」

 少しばかり緊張感をもって述べたのですが、即座に

 「ダメ!。そういうのはうんとセンスがいい人でないとダメなのよね。お父さんもあたしも、そのへんのセンスは人並みだからね。だからうんと時間を掛けてゴタゴタにして、そんでもって派手にするのがベストね」

 少しばかりの緊張感は無駄で、そのうえにもっと派手にしたいなどという言葉まで聞いてしまいました。なんとも気が重いかぎりです。

 そんなことで、11月の暦を1枚めくれば、我が家では壁面ゴテゴテの準備と、やはり室内の若干外側より縮小されたそれなりのゴテゴテ装飾も始まります。室内は赤系統の色でまとめられていくのです。

 ぼくは少しうつむき、小さな手で胸を押さえながら、不整脈を気にしながら散歩に出かけました。かわいそうなケンタクンも、イブには赤い帽子などをかぶせられ、写真を撮られたりします。ほんとうにかわいそうなのです。

 断言します!ぼくもケンタクンも、清く正しい正月派なのです。エライのです。

 

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               車検を通してきました

 
 

 

 毎年のことだけど車検を本日通してきました。ん? 車検って通すんだよね。違うのかな。まぁいいやとにかく車検を通しました。近所でね。 

 ここんとこはずっと、オートウェーブという、関東地域でけっこうな数のお店を持っているカー用品専門店・・・違うかな。とにかくその店で受けています。近所にあるのです。

 でもね、やはりね、車検はね、けっこうな出費なんだよね。それでも近所の修理屋さんで頼んでいたときよりも数段安いのです。どうしてそんなに違うかと思うくらいにね。さらにいいことがあります。2時間ぐらい済むのです。もちろん予約が必要だけどね。

  でもって今日は、その店の近くのショッピングモールで時間をつぶしました。つぶしたといってもぼくは本を常時持っているので今日はじっくりと読むことができましたよ。本の内容は「人生指南」といってもいいかな。それでも部分部分大事なところ(ぼくにとって)だけを飛ばし読みしたので1時間程度で読み終えてしまいました。

 少しは頭の中にのこってくれればいいいな・・・なんて思いながらね。

 モール1階のカフェで、カフェラテレギュラーサイズを飲みながらの読書は、それなりに気分のいいものです。できればもうしこし静かだといいんだけどなぁ。とにかく人々が騒がしく感じる今日この頃です。


                                     

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          おじさんは駄洒落好き 11/22

 
 

 ぼくは昔から駄洒落が大好きです。だからそこいらのオッサンとも本来ならうんと話が合うはずなんです。でもほとんどの人と話が合いません。でね、正直にお話しすると、そのへんの原因はほとんどぼくのせいなのです。だからなにか。

 まあとにかく、それでも駄洒落を一人で、特に車を運転しているときなどにはよく言います。楽しいですよ。一人でね。ハハハハハハ・・・

 えとじつはね、今日、なんとも楽しい思いをしたのです。川越から東京に向かう途中です。我が大日本帝国の国道254、つまり川越街道はね、場所によってはうんと混むところがあるのです。だのでぼくは、平行してはしる県道をいつも利用します。

 県道を浦和と所沢を結ぶ行政道路までもう少しのところで、その店は大々的、とにかくなんとも大きなのれんみたいなものを掲げて、まるで小学生が胸をはって自慢するがごとくそいつがはためいていました。

 そこにはねとんでもなく愉快な、深い、笑いの源泉といっても過言ではない文字が書かれていましたよ。そんでもって5月の鯉のぼりのようにね、何度も言いますがはためいていました。

 そこにはね、専門店「チャーシュー力」という文字があったのです。けっこう大きなお店です。最初はふーんチャーシュウの専門店かぁ、チャーシューねえとばかしに、その本格的な面白い意味をとっさには理解できずフンフンとばかし大きな旗を馬鹿にしてさっさと通り過ぎようとしていたのです。

 しかーし、おじさんもいい大人です。駄洒落も好みます。女に甘いです・・・毎度のお約束で付け足しました申し訳ありません。

 とにかくいい大人で駄洒落好きなので、その恐ろしいほどに洗練されたユーモアにあっという間に(ほんとはけっこうわかるまで時間がかかった)気がついたのであります。エライのです。

 エッーーーッ!何が可笑しいのか、何が面白いのか、何がユーモアだって・・・えとねこれがね、ほんとにわかりませんかぁ。しょうがないなぁ。まいったなぁ。

 とりあえず説明しますがね、そこいらは瞬間的わかってほしいのですね。大人はね。

 えとそれは、つまり、「長州力」にかけているのではと思ったのです。だってアータネエ「チャアシュウ力」ですよ。

 「チャアシュウリキ」と「チョウシュウリキ」の違いがわかりますか。わかりますよねぇ。おかしいですよねぇ、洗練ですよねぇ、ユーモアですねぇ、となったのです。瞬時にね

 

 

 
                                     

  深津 勝 → mail 

 

 

                 

 

            大嫌いなこと  11/21

   好みの問題って、よく会話にでてきますよね。その好みについてですが、じつはぼくの頭にずーっと引っ掛かっていることがあります。ずーっと、というのを正確に言うと、それはこの数年まえからで、特にその思いが大きくなってきたのはつい最近です。

 それでね、その好みについてのアレコレを、ここいらでちょっとお話しておこうかな、なと考えたのであります。 それはぼく自身の精神を落ち着かせるためでもあるからなんです。

 さてその内容なんだけど、「好み」は、やはり人それぞれ・・・なーんてな言い方は実に簡単ですけど、そこいらの言い方は、なんとも実にいい加減な感じでもありますね。なぜなら答えをあいまいにすればするほど、ほんとは逃げてるって いうことでしょうからね。

 ぼくはだから、そいつをここでキチンと説明をしてしまおうかなと、ちょっと思いついたのです。さいきんずいぶんと無沙汰になっていた大人のキチンキチン関係との修復するためにも・・・とにかく説明なのです。

 さてなんとも大胆で剛毅で繊細で温和で涙もろく女に甘い(それぞれの関連についての整合性は皆無です 。いつもすいません)ぼくは、ときどき人を噛む・・・いや噛まない。

 ぼくはケンタクンではないので噛みません。しかし時々ぼくは「君はよく人にかみつくね」なーんてと言われます。だけどその噛み付くは、人様が人様に「かみつく」、つまり言葉をかえれば相手に勝負を挑む、というところのかみつくで、いわゆるお犬様がなさる「噛み付く」とはうんと違うのです。

 好みの問題なんて話し始めましたが、じつは好まない連中のことで最近頭がイッパイになり過ぎたのです。だからそこいらを頭から放出したくてね。

 さてちょいと前置きが長くなりすぎました。前置きが長くなりすぎたので今日はいくつかの例にとどめます。 ぼくの嫌いなこと(ここ数年)

1 留守電の女あるいは男

 これは電話を掛けたとき、相手が留守電になっている状態で、しょうがないので用件を録音しはじめると突然「はい。なんとかですけど」なーんて声を出す輩(やから)です。

 思うに連中は、相手が誰だか確認してから電話に出るようなのです。これって、あの「べつにいいじゃん」って思う人がいるかもしれませんね。でもね。ぼくはこの手の連中が嫌いなのです。好き嫌いの問題なのでそこいらはご容赦くださいね。大嫌い!

2 なんでもけなす男あるいは女

 ぼくなんかはいつまでも子供なので、感動したり、驚いたり、悲しんだりとそのつどまるで子供のように感情を表現します。あるいはけっこう真剣に社会のこと政治のこと経済のことなどについて青臭い議論をします。

 でね、やはり時々だけど、そんなとき不気味に片ほほで笑い、シニカルな態度を取る人がいます。「ハハハ青いね、世間はそんなもんさ、大人にならないとね」てな感じで冷笑するわけです。ぼくはそんな輩(やから)が大嫌いなので、ときどきグーで殴ってしまいます。でも噛みません。

3 子犬を引きずる男あるいは女(たいてい中年以上)

 これは時々見かけます。たいていはめんどくさそうな顔をして犬を引きずりながら散歩をしています。

 子犬は・・・子犬に限らず犬たちはアッチコッチで匂いをかいだり草を食べたりオシッコをひっ掛けたりながら散歩を楽しんでいるのです。それが唯一の楽しみなんです。

 なのにですよ、その引きずる男あるいは女は 、ちょっとでも連れている犬が立ち止まろうもんなら、それこそ鬼のようなウンコ顔をして、うんと醜い顔をして、いたいけな子犬の首輪を引っ張るのです。子犬なんぞは空中を飛ぶように引き戻されます。なんとも悲しい光景です。ほんとうに嫌いな連中です。

 こんつぎは、なんとか好きな連中を・・・無理かもしれません。

 

  深津 勝 → mail 

 

 

                 

 

              となりのコー君 11/18

   

 どんなに頑張っても、普段ぼくたちと一緒に仲良くしている犬たちは、われら人間よりも先にその生を終えます。なんとも残念だね。

 少し思うところがあって、ぼくはさいきん彼ら犬族を、以前よりもキチンと観察しています。キチンといってもぼくのことですから、それは普通のキチンではなく、まぁいわゆるぼく流のキチンであるからして、なんともキチンとはいえません・・・わけわかんないね。

 とにかくそのキチン観察なんだけど、そのポイントはね、話しかけたときのかれらの反応を観察することなのです。さらに細かな観察ポイントを言うと耳の動き、目の表情、しっぽの振れる速度、そして首の動きなどです。なかでも重要なポイントは目の表情だな。

 さてさてそこでまた登場するのが、我が家の賢くて優しくて辛抱強くて時々しか人を噛まないケンタクンです。かれは今年7歳になりました。そうか、もう中年になるんだなぁ。本人はまるで自覚がないけどね。

 でね、彼は以前と比べるとずいぶんと賢くなったように感じるのです。いえね、何も自分とこの犬だからほめる・・・のでは決してはありません。

 「あのさぁ、あんたさぁ、ちょっとばかしヒイキ目なんじゃないの」なーんて思われるかもしれませんが、そんなことは少ししかありません。ありませんとも。スコシ。

 じっさい何度も経験しているのですが、彼はぼくが話しかけたことを、なんとキチンと理解しているようなのです。ほんとです。

 以前はね、それは以心伝心なんて感じで、心の中で思った事を、いわゆる犬族のその動物的超能力の分野で感じ取っているに違いないと思っていたのです。いやはやなんとも犬族の動物的超能力は、ぼくの持っている精神偏り脳みそ的超能力と比べても遜色がないな、などと感じていたのです。

 しかーし、それは大きな間違いと気がつきました。間違いでなければですよ、彼は大いなる学習を毎日していたことになってしまいます。そうなるとケンタクンはですよ、たとえば毎朝4時に起き、そんでもって日本語学習ノートを広げ、毎日1ページ分を音読して暗記して・・・んなことあるわけない!はい、ごめんなさい。

 とにかく、いつのころからかキチンと言葉を理解しはじめました。でね、ここからがちょっと切ないのだけど、おとなりにコー君という犬がいてね、彼はもう19歳になるのです。なんとも長生きです。

 少し前まではね、散歩のときも、普段からそうなんだけどケンタクンは犬嫌いなんで、となりのコー君なんかはまるで無視していました。でね、ある日の朝、唐突に、コー君は歩けなくなっていました。その場にちょうど散歩に行こうと通りがかってしまったぼくは、涙ぐむ奥さんにどう声を掛けていいかわからず。ただただ立ち尽くしてしまいましたね。まったくダラシナイのです。

 けどそのときね、ケンタクンが声を出しました。ぼくにでもなくとなりの奥さんにでもなく、そうコー君に向かってです。ホンホンホンとなんとも優しい声でね。もちろんぼくが始めて聞く声です。優しい声でしたよ。一生懸命立ち上がろうとしているコー君に。「あんまし無理すんなよ」って言っているようにね。

 ぼくは近所の雑木林で、彼に話し掛けてみました。「あんなぁ、やっぱしなぁ、年はとりたくねえよな」

 ケンタクンはぼくを見上げ「ホン」とやさしく吼えました。ぼくははっきり自覚しましたよ。こいつはぼくの言っていることがわかるんだとね。

 毎度のことで恐縮ですが、犬族はぼくらよりはるかに短い生涯です。だからそのぶん、ぼくは彼らとの時間を大事にします。

  

   深津 勝 → mail 

 

 

                 

 

                    なんでもない風景  11/16        

   

 ぼく自身、とても奇妙に感じています。なんでもない時間、なんでもない場所、そしてなんでもない風景に、はっとすることがあるのです。はじめてきた場所なのに、はじめてみる風景なのに、それもなんだか唐突に感じるのです。みなさんにはそんな経験がありませんか。

 そんなとき迷わずぼくは車を止めます。なんでもない場所にね。そしてなんでもない風景を眺めます。ポワンとした感じで眺め続けるのです。でね、そんなにながい時間は無理なんだけど心の中の何かが・・・ちょっと説明がむずかしいな。とにかく何かの返事が来るのを待つのです。

 そんな場所はたいてい街の郊外です。突然出くわします。たいてい人通りの少ない静かな場所ですよ。またたいてい人の姿が少なく感じるのです。雑踏ではあまり感じませんね。街中でも感じません。

 でもね、あとでキチンとスケッチしようと、いつも持って歩いているデジカメで写真を撮るのだけど、帰ってファイルを取り込んでながめていると、アラッて感じで人が歩いていたりするのです。奇妙ですよね。

 その場所は奇妙に静かでした。でも動物の気配は感じます。あのね、たいていは犬だの猫だのが景色のどこかにいるのです。そんな気がするのです。でもただ感じているだけなのかもかもしれません。ぼくはじっと見続けます。

 風景が光景と変化し、何かが感じ始められたとき、ぼくはザワザワしたものを心の中で意識します。それは決して形となって理解できず、映像になることもなく、ほんのちょっとの期待でもあるささやきも無理です。しいて言えばなんともいえない切なさが漂っています。

 例のごとく突然ですが、ぼくらが理解している世界は、とてつもなく大きなことを言うと経験の知と考えています。それらは創造ではなくただの経験です。そしてぼく個人にとっての経験は総和となり、いつも合計よりはるかに膨らみます。とんでもなくね。

 そんなふくらみがぼくにささやきます。 もちろん声は聞こえませんよ。ただ心の中の奥の方で「世の中のことを理解するなんて決して思うなよ。世の中のことを理解したなんて決して思うなよ」ってね。いつもおんなじことを繰り返すのです。

 ほんとにそんなに長い時間ではないのですよ。ちょっとした空気のゆれとザワザワ感が消え始めると、光景がただの風景になり、ぼくはだんだん覚醒します。経験知で眺める先はミルキィブルーの空と住宅街。建物はちょっと黒ずんでいました。

 はっとする風景はね、ぼくは経験の外にあるものと理解しています。だから閉じ込めたりなんかぜったいにしません。できないのです。

 きっと、またいつかどこかで、違う風景で出くわすでしょう。

  

   深津 勝 → mail 

 

 

                 

                      貢物のおはなし  11/13

   

 ぼくとわが家族は、10月半ばぐらいからたいへん幸せな日々を過ごしているのであります。それはなんとも嬉しいことで、とにかく4・5日おきにですよ、連続してご近所 からイロイロなものをいただいていたのです。

 いえね、なにもぼくが地域での人望がとても厚く、普段から人助けに精を出している・・・なんてなことは絶対ないので、たぶん美人のカミさんや、やはり美人の娘たちが、アッチコッチでにこやかな笑みを振りまいているからに違いない。なーんて勝手な解釈をしたのですがね。

 でもなぜ美人とはいえ娘やカミさんが笑みを振りまくだけで、アッチコッチから貢物があるのかはわかりません。ひょっとしたら我が家の賢くて頼もしくてお利口で時々しか人を噛まないケンタクンが、やはり愛想を振りまいて ですよ、無愛想なぼくと散歩をしているのをご近所が見かけ、やはり時々でも噛まれるとイタイので貢物をしているのかもしれません 。ソッチの方が当たりかな。たぶん。

 とにかく報告をしますが、なんと柿を全部で50個ぐらい3軒から、それから甘いザクロをたくさん、さらに山梨から送られてきたといって近所の古老が持ってきたなんか甘いもの、はたまたお花を作っている農家から 、コスモスの束を「これどうぞ」なーんて言いながらケンタクンを意識して渡してくれるのですからもうたいへん。

 こうなると、もらうことが当たり前になるのがなんとも恐ろしい。あのね、このあいだなんか、普段からお花をいじったり盆栽みたいなものにハサミをいれている町内会長が、なんと珍しく脚立に乗り、庭木の一つになっている柚子を 、よたよたしながらとっていたのです。

 それをみたぼくは、持てる知能を全部働かせてとっさに考えましたね。偏り脳みそでも悪知恵はキチンと働くのが不思議です。ここはひとつ、何が何でも正月用の柚子を、はかりごとをしてでも手に入れなければいけないとね。

 うまくもっと柚子をゲットできれば、美人のカミさんや美人の娘にほめてもらえるとね。お利口で時々しか人を噛まないケンタクンにも、少しは喜んでもらえるとね。ガハハハ。

 であるのでぼくは、普段から声をかけたことも無いのに、精一杯の笑みを顔満面に浮かべ「お気をつけて」なーんて声をかけてしまうのですね。優しくね。

 すると、なんと、町内会長でもあり花咲じいさんでもあり、もと某政党の活動家で、一時期若い自分は地下にもぐったこともあり、いまでも時折見せる眼光鋭いその視線は、なんとも暗い過去を想像させるに十分な・・・えとなんの話だっけ。

 とにかく町内会長でたまに花咲じいさんでもあるところの柚子親父が、これ持っていきなと柚子を2個くれたのです。眼光はそれほど鋭くなく、それでも手に持っているハサミが揺れているのがすこし恐ろしかったのですが、ぼくはやさしい目で「ありがとうとうございます」言いながら、あと3個ぐらいくれてもいいのになどと、もちろん心の中で思ったのでした。

 最近はそんなんで、散歩 の最中は上ばかり見ています。知ってる家に柿などがなっていると、誰かが出てこないかとその家の前を2・3回行ったりきたりしてしまいます。

 ご近所もなんですよね、強面の親父と強面のドウモウ犬にうろつかれてはたまりませんから。そんなんで我慢できず、出てきて、早くあっちに行ってねとばかりに袋に入れた柿をくれる人も・・・そんな人はいやしません。 

 この秋、おかげさまでぼくは柿はたんと食べました。柿だけは秋の食べ物のようです。柿はやはり秋のものですよね。ぼくは春先 なんかに柿を食べたいとは思いません。

 昔はきゅうりもナスもトマトも、ぜーんぶ季節の香りがしたものです。

 

   深津 勝 → mail 

 

 

                 

 

            たまには平和を考える 11/08

 

 

 ずいぶんと長いあいだ遠くを見つめていました・・・

 こんなふうに書き始めると、「おっ、オッサンもやっと人生について深く考え、そんでもって大いに反省し 、とにかく不十分だか脳みそを働かせ、いやはやキチント語るようにになったか。めでたい」なーんてね、とんでもなくすっかり見当違いな評価をされる方が、中にはおられるかもしれませんね。

 しかーし、そんなことではぜんぜんなく、たぶんこのも先ずーーっとなく、いままで生きてきた半生について、その経過を しっかり反省することなどは絶対なく、考えもせず、とにかく残念ながらぜんぜん違うのです。

 じつはきのう、仕事の帰りに、友人から教えられた荒川の河川敷に愛用のトラックを止めて 、でもって冒頭の「ずいぶんと長いこと遠くを見つめていました」になったわけなのです。

 であるからして、柄にもなく川べりの草むらに腰をかけ、じっと遠くを見つめていたことは確かなのです。たまにはそういうこともするのであります。いけませんか?

 イカンイカン。ちょっとばかし感情が昂ぶってしまっているようです。なにせね、とにかく今日みたいにたまに考えると、脳みそがちょいとばかしオーバーワークぎみになるもんで、なんともそこいらは察していただき、とにかくご容赦を願います。。

 長いこと遠くを見つめましたよ。でね、ちょっと考えたのです。平和ってすばらしいなってことをね。ぼくらはいま、平和に暮らすことができる国に住んでいます。何に対しての平和かというと、ここでぼくが言う平和は、武器を持って他国と戦わないですむという意味での平和です。それは当たり前になっていることです。

 それでもちょっと目を外に向けると、中東でも、アフリカでも、アジアでも、大小はあるけど闘いの日々が続いている地域で暮らしている人々が大勢いるのです。

 意味はせることがどのようにじっと手を見つめていても

 

 

   深津 勝 → mail 

 

 

                 

 

                        秋と空と落ち葉  11/05

 


 早起きが当たり前になっている毎日です。でもキチンと起きる時間がきまっているわけではありません。だいたい4時ごろから5時過ぎのあいだに起きるのです。基本的に性格が曲がっているので(良い方向に)なんでもキチンキチンと決め付けることはしません。そういうのが大嫌いなのです。

 でね、ぼくの場合は起きてすぐパソコンのスイッチを入れます。それからいくつかの文書に目を通しながらメールのチェックです。寝る前にチェックしてわずか数時間ですが、もう100通近くが落ちてきます。それでもその95%ぐらいがスパムなので自動的に迷惑メールフォルダにおさらばとなります。

 しばらくモウロウとしながら、返信しなければいけないメールに、ほとんどモーロー状態で返信をします。だからたいていは誤字脱字が混じっていて、昼過ぎに見直すと落ち込みます。なので最近は見直しません。どーせ送っちまったものは直せないのだし、どーせぼくのメールはそんなもんだろうとおもってるだろうし、どーせたいして気にしないだろうし、どーせどう思われてもいいのです。

 さてと、我が祖国日本は、このまま秋がどんどん進行して、そんでもってエイヤァとばかしにそのまま冬に突入するのでしょうか。それともちょっと考え直し 、ヨイコラとばかりに足を大地にくっつけ、踏みとどまり、「まだまだ冬将軍はお出ましなされるな」などと時代がかったセリフを吐くのだろうか。

 まぁ、季節もそれなりに都合というもんがあるんだろうから、あまり無理強いはできないけど、しかしそこいらはね、なんともキチンとしてもらわないとね。 いろいろとね。困るんですね。

 なにせじっさいのところ、日々、日夜、それこそ額に汗してはたらく現場作業員には重要な問題で、季節の皆様(風君・雨君・温度君・湿度君)にはいい加減な気持ちでおられるとたいへん困るのです。

 とにかくこちとらはもういい年なのです。したがって体勢が、準備が、こころがまえが 、若いころのように瞬間に変化させたり、その場の空気をキチンとつかんで、あっというまに意見を変えたり、あるいはその場の空気で簡単に敵味方をとっちがえたりすることが・・・ 余計なことが入っていましたがとにかくそう 簡単ではないのですからね。

 さてと、ここんとこは秋風君の働きが目立ち、とにかくなにがなんでも冬風に変化させちまわないとお天道様に怒られるとばかり、シャカリキになっています。そんな季節界に触発されたのか政治界では大騒 ぎ、なんとも困った状態です。

 とにかくですよ、あまりにもなさけないこの政治界の状態が、ぼくのこの小さなバンビ心臓を打ち震わせるのです。 痛めるのです。もう生存にぎりぎりの状態までね。はっきりいっていまのぼくは、あんまり政治界のお話はしたくないのです。だから多くを語りません。でもね、少し だけ語ります。

 あの、けっこう日本の今は、なんだか重要な境目の時期と感じています。それはわが国が、いま、いわゆる大人の、キチンとした民主主義に 、とにかくがんばって向かって行くための、その境目ではないかと考えているからです。

 本来であれば、為政者であれ、対抗する集団であれ、その究極の目的は人民の幸福であるはずです。ところがいわゆる政治の目的と、それらに直接関わる民衆の代表者の感情的な目的が、どうもごっちゃまになってい るように思えます。

 キチンとした大事な場面で、大きな心で、大きな目的に向かって行動してもらたいなと 、強く強く思うのです。

  雑木林は落ち葉で埋まり、緑の葉っぱで目隠しされていた空は、暑い夏を すっかり忘れて広がっています。いつものように、ケンタクンにうながされるまで、そして目がくらむまで、ぼくは空を見続けます。

 

   深津 勝 → mail 

 

 

                 

 

              情報の量と総合雑誌 11/03

 

 

 じつは今朝お手洗いで本を読んでいてね、じつに唐突なんだけど情報の量について少し考えてみました。ぼくのこの数日のお手洗い本は総合雑誌です。そいつを斜め読みしているとじつに便通の状態が良いのです。

 まぁ以前よりね、ぼくは便通時に本を欠かせないのです。いつのころからかは良く思い出せないのだけれど、つまり便通時に、そんときに何か他のことに意識がいってないと、お通じが妨げられるのであります。はい。

 そんなんでなんと我が家の2階の便所には、ドーーント本棚が設置してあるのです。イロイロな本が便所に置いてありますよ。でね、話はもどるけど、この数日は総合雑誌なのです。なぜこの数日が総合雑誌なったかというと、それは特に理由がありません。

 さてと、突然ですが我が家には常時新刊本があります。なぜかは少し複雑な問題が発生してもいけないので伏せます。ただし決して違法なことではないことだけはたしかです。えーと、なんの話だっけ、そうか総合雑誌が便通にいいという話・・・ちがうな・・・おぉ、そうか。そうだ情報の量についてのはなしでありますね。

 あのね、まいにちPCと3時間ぐらい対面しているぼくは、べつにPCと対面することが仕事ではないので、だから楽しみやその延長のことでそうしているわけだけど、やはり時間の消費が気になるのです。

 漠然とだけどね、日々の3時間が無駄になってはいないかなどと、なんだかキチンとした大人の考えを持ったりしてしまうのです。もちろんぼくは大人で、いい年で、イヌ好きで、精神が普通の人と比べるとちょっと偏っているけど、けどすこし考えこんでしまいました。

 ありあまる量の情報がネットにはあります。うーーん、ちょっとちがうかな。もっとキチンと表現するならば、求めればいくらでも、もちろん玉石混合だけど情報はネットから入手できます。きりがなく入手できます。それらが頭の中にあふれます。

 でね、そのあふれる情報の量に、これはちょっと違うかなと感じ出したのです。ずいぶんと前のことですけどね。でもそのまま放置しました。理由はね、ちょっと生意気だけど、それは自己規制できると考えたからです。なにせキチンとした大人なのでね。ただし、ぼくの場合は、じつはその自己規制がうまくいってないことも事実です。残念。

 さてそこで総合雑誌の登場です。大発見です。毎月発行されるそれは、なんともキチンと要領よく昨今の社会情勢から政治情勢から文学から経済学まで、しかも選ばれた(この選ばれたというところだけがぼくにはちょっと引っかかるのだけど)内容で、だから玉石混合ではなく玉だけで、発刊されているのです。

 だから毎日3時間もPCと対面して目を悪くせずとも、キチンと朝の15分便所で総合雑誌に目を通せばよいのです。あのべつに便所でなくてもいいですけどね、でも便所のほうが理想です。さすれば日本の正しい大人としての良識見識は、ある程度という括弧つきではあるけど保てるのでありますね。

 しかーーし、おじさんは、本当はねソウは思わないのです。なぜかはまた別なときに。 

 

 

 

               

 

                       大人の対応って 11/02

               
 

  世の中にはね、まぁなんていうか、なんともムリが堂々と通る仕組みがあるようです。

 何のことかって。うーーーん、なんていえばいいのかなぁ、とにかくぼくの関係する仕事でのことなんだけどね。ただしそこんとこは微妙な問題が絡んでいてね。つまりあうんの呼吸が必要らしくてね、いわゆる大人の対応が求められるようでね、つまり青くさくてはいけないようでね、でもっていい年になっても青くさいぼくはついていけないようでね・・・なんかまどろっこしいね。

 つまり簡単に言うと、仕事が絡んでくる場合、いくら非道だー!と思ってもですよ、それらを大きな声で、まともに、固有名詞をだして、詳しくは言えないのです。なにせだれだって毎日平穏に仕事がしたく、明日からも平穏に仕事がしたく、この先10年20年はずーーーと仕事をしていたいわけで、とうぜんぼくも仕事を続けなければならないのです。

 そこですこしフィクション仕立てでお話しましょう。概略はこういうことなんです。

 ある仕事場でぼくが商品に傷をつけたのです。ぼくは根っからの正直者で、お人よしで、けっこう肉体派で、脱ぐとすごいのだけど、そこいらは話とあんまり関係ないので触れません。触れてるか。まぁいいや。

 えとね、話を戻すと、その傷をリペア専門の業者に、得意先の得意先が依頼をしました。それでもってその費用を、得意先の得意先がぼくに請求が来るようにしました。とまぁここまではぼくも別段文句がありません。なにせぼくが傷をつけたのですからね。しかーーし、その後がいけません。なんともいけませんねぇ。

 先日請求書が届きました。もちろんそのリペア業者からです。ぼくもいちおう青臭くても大人なので、内容は確認します。するとどうでしょう、なんと傷の修理が10ヶ所あるのです。ぼくのミスったところはその半分以下です。得意先の得意先が、自分のところでつけたであろう傷も一緒に直させて、でもって一緒に請求をぼくにおっつけたようなのです。なんでも仲良く一緒にすりゃぁいいってもんじゃぁありませんよ。タクッ。

 年取ってても青臭いぼくは、業者に電話をしました。するとなんと、やはり、得意先の得意先の担当者は、自分とこの業者が付けたであろう傷の分も、一緒に、ぼくの請求分に混ぜたことが判明しました。どこまでも透明でブルーの青臭いぼくは、やはりそれは、ひょっとしていけないことなのではないかと、いっぱい感じ、さらに頭がブルーになったのであります。いやはやです。

 まぁそんでね、あれこれあってね、最後的には、立場が風下にあるぼくとぼくの関係者(得意先)は、このさき10年20年先のことを考え、相手のとんでもなくわけわかんない言い訳を飲み込むしだいとなったわけです。なんともやりきれないのです。

 やりきれないので、なんとかこの青臭い心を落ち着けようと、飼い犬といつもより長いコースの散歩に出ました。アッチコッチをふらつきながら、飼い犬といつもより多く会話をしました。わが賢い飼い犬のケンタクンは、なんだかすべてをわかっているようで、いつもと違いわがまま言わずぼくと一緒に歩いてくれました。

  気がつくとぼくは、いつもの、へんにとんがっていないふつうの青臭いぼくに戻っていました。飼い犬に感謝です。ありがとう。