おじさんの小さな日常 4月分 |
|
|
娘のドナーカード 4/29
| 机の上のカード、それが娘のドナーカードだとわかったとき、ぼくは少し身体を硬くしました。しばしのあいだその場に釘付けになりましたね。 正直なところかなり動揺しましたよ。普段から威勢のいいことを言ったりしているわりにはね。つまりぼくは、こと身内のこととなると、からきしだらしがないということなんです。 以前よりカミさんには、もしぼくが天国に召されるようなことがあったら、使えるものはすべて、有意義につかってもらうようにと話をしています。身体のことです。 カミさんは「父さんはたぶん、天国にはいけないね」などと茶化します。それでもぼくはすこし笑いながら、うつむいて、やはりまたそう伝えます。 あのね、いまのぼくの力では、はっきり言ってたいした恩返しが世間や社会にできません。この先も、じつはそれほど期待できないのです。残念だけどね。だからわずかでもその利用価値があれば、ぜひ使ってもらいたい。そう思うのです。 これは本心です。 ぼくは個人としては昔から、まことに矛盾しているようだけど、移植に関してかなり否定的な意見を持っています。 ぼくのような無頼漢が、必要以上に生を求めることは、あまりカッコよくないからです。だからいまでもそうだね。ぼくが、 もし移植を必要とする身体になったとしても、移植以外に延命の方法がないと知っても、それでもその選択はとらない。絶対にね。 ただしね、ここが大事なんだけど、ぼく個人の思いや考えを、他者に強制するつもりはありませんよ。それはぼくが一番嫌うところだからね。もっともその選択自体は、 選択そのものは、移植医療に関する問題、つまり医療行為としての移植治療とは次元の違う問題だと考えているんだ。だからそこいらは切り離して議論するほうがだんぜんベストと思う。 そんなぼくのね、普段からの言動が、娘の行動に少なからず影響をあたえたことは否定できません。だから少し悩みます。こと身内のこととなると、いつも以上に心臓が小さくなるのですから。 ありあまる無駄な生(生き方としての)が、ただただ氾濫しています。今の日本社会にはね。言葉がきついけどほんとうにそう思う。そんな場に身をおいているぼくたちには、能動的に意識しない限り、切実な生への渇望を理解することなど、それこそとんでもなく無理なことに違いない。そう思う。少なくてもぼくにはね。 だからね、意味のある生(生き方としての)を希望するひとには、無条件に、手を差し伸べるべきです。たとえどんな信条を持とうとね。 余計なことですが、わが娘は人並み以上の容姿を持っています(親の影響大・・・)。そんな娘を、ぼくは以前と違う角度からみています。彼女を一人の独立した女性として見ているよう です。もっともそんなことは、成人した子どもを持つ親としては当たり前のことなんでしょうね。きっと。でもぼくは、ちかごろやっと人並みに近づきつつあるのでしょうがないのです。 ここんところ、社会をカッコつきの「社会」、つまり他のものと区別するという意味の視点で見ることを、ぼくは心がけています。またそれが、ちゃんとできているかということを、けっこう意識して 気にしています。けどねぇ、これがけっこう難しいことなんだな。
|
肉弾攻撃が得意だった 4/27
| じつはきょうも車を運転しながら、ここんところ気になっていることについて考え事をしていました。何が気になっているのかというとね、それは最近の子供らの遊びについてなのです。 先日歯医者に行きました。ずいぶんとひさしぶりにです。待合室で、たぶん小学生5・6年生でしょう、男の子が小さなゲーム機で遊んでいます。すごい集中力です。なにせ 受付のお嬢さんに呼ばれているのも気がつかないぐらいですから。 でね思ったのです。たとえばぼくが小学生のときに、同じようにいま同様の、子供らがすぐ飛びつきそうなアブナイゲーム機があったら、ぼくはどのようにしていただろうとね。 待合室の彼のように夢中になっていただろうかとね。 ぼくらの時代はプラモデル全盛時代でした。ただ組み立てるだけでなく、ラッカーで色を付けたり、飾ったり、種類をそろえたりと、それぞれが思いい思いに工夫をして楽しんだものです。そこには遊びに対して、自らを積極的にさせる行為が、かならずついていたように思います。 そこでまたちょっと考えが進行します。いったい今様のゲーム機で遊ぶ行為のになかに、自らを積極的に、あるいは付加的に、何かをさせる行為があるのだろうか、あるいは可能なのだろうかとね。 いえね、ぼくのようにゲームをまるっきりやらないものが、そんなことを言うと、「タクッツ、なぁーんにもしらないんだなぁ」と馬鹿にされそうで、じつをいうとすこしばかり不安なのですよ。 それでもね、いまと昔の遊びには ・・・いやいやそんな単純な表現じゃないな、こう言いましょう。昔のプラモデル遊びと、いまのゲーム機での遊びとでは、やはりなにかどこかが違う気がします。とね。そんな漠然としたものが、ぼくの偏り脳みその奥 の方でササヤクのです。 あのね、事前ことわる必要があるかどうか迷うところだけど、そのことは、どっちがよくて、どっちが賢くて、はたまたどっちがエライか、なーんてということではないのですよ。 ただ単に遊びの中身について 、ぼくが感じたままをお話しているのですからね。 そのうえで、ゲームプログラムのなかの、与えられたゲームストーリーで遊んでいるじぶんを想像してみました。 でね、ちよっと言葉がきついかもしれないけど、もっといえば、ゲームというプログラムの なかで踊らされている自分を想像してみました。 まあなんていうか、運転しながらのオジサン思考なんてなものは、どうしたってたいしたものにはなりません。それでもある程度はまとまりのある思考結果がでました。そこにはね、ぼくにとって有意義な学習が、つまり遊びから学べるなにかが、あまりにも少ないということに気がついたのです。 えと、ここいらのぼくの考えは、あくまでぼく個人のことですからね。だからゲーム大好き・ゲーム命・ゲームと結婚している等々の方々は、けっしてこの心優しいバンビおじさんに「フザケンナ」メールを送らないようにね。 あとそれからおじさんは「バンビ」おじさんでけっして「ゾンビ」おじさんではありません。そこんとこはキチンと注意してくださいね。 小学校高学年のときに流行った遊びが、校庭でよく遊んだ「肉弾」です。陣地を守るグループ、対するは陣地の中の宝を奪う役割のグループ です。それぞれが7・8人。敵陣の宝物置き場への入り口はひとつだけ、入り口まで到達するのにまず闘いがあり。さらに陣地のなかに突入する際にも闘いがあります。 両グループとも、持てる知識のすべてを、そしてもてる体力のすべてを使い闘うのです。なんとも楽しかったな。いまでも 思い出すと手に汗を感じます。加藤君や藤岡君や佐藤や宇佐美は、いまどうしているのだろう。もう一回やりたいな、みんなと。
|
とつぜんの「ワウオー」には身構えて 4/22
| ぼくはキチンとした大人なので仕事をしています。めずらしく近所で2時間ほどの仕事をしました。 ところでこのサイトをご覧になっている方々は、若者から老境の域に達している方まで含め様々とおもいます。なぜ「思う」になってしまうのかというとね、こちらから正確には、どのような人々がご覧になっているのかわからないからです。 わからないのですが、それでも以前はね、けっこう感想文やら小言やらファンレターもどきのメールをもらっていたのです。でね、その内容から、このサイトの読者は、若者から老境に至る様々の人々だろうと思ったわけなのです。最近はすくないのですがね。 「だからなんだ」、「それがどーした」、って言われそうですが、物語はうんと後の方でつながります。あっ、でも、つながらないときもあります。今回はちょっと質問をいただいたのでね。 「ワウオー」「ワウオー」「ワウオー」「ワウオー」「ワウオー」「ワウオー」「ワウオー」「ワウオー」「ワウオー」・・・ なんとも突然ですね。 あ、いえね、ぼくの文章もね、いつもいつもあっちえいったりこっちきたり、よこちょへ飛んだり飛び降りたりと、それこそメチャクチャです。じつは今回の「ワウオー」もたいへん突然で、それは仕事をしているぼくの耳に突然飛び込んできたのであります。 なにごとかと、ほんとうにびっくりしました。もう少し詳しく説明すると、複数(10人ぐらい)の男性の野太い声が、合唱となっての「ワウオー」「ワウオー」「ワウオー」「ワウオー」「ワウオー」「ワウオー」なのです。 ぼくは無人の新築住宅の中で、すこし身構え、しかしながら熟考のうえ、わが身を押入れに隠そう(だらしない)かとおもいました。しかしあいにくそこは新築住宅 、だから未入居なのです。押入れには布団がなく身を隠せません。そこでさらに熟考し、勇気を出し、手にカマを持ち、外へ飛び出ました・・・手にカマはうそです。 するとなんと修行僧の一団が、ぼくの前に並 んでいるではありませんか。彼らは声をそろえて「ワウオー」「ワウオー」「ワウオー」「ワウオー」「ワウオー」「ワウオー」「ワウオー」「ワウオー」「ワウオー」と、それこそ地に響くような、それはそれは恐ろしい声で叫ぶので あります。 「ワウオー」「ワウオー」「ワウオー」「ワウオー」「ワウオー」「ワウオー」「ワウオー」「ワウオー」「ワウオー」ですよ! 「ワウオー」「ワウオー」「ワウオー」「ワウオー」「ワウオー」「ワウオー」「ワウオー」「ワウオー」「ワウオー」ですよ。 しつこいですかぁ・・ でも驚きましたね。なにせ初めての経験ですから。かれらは紺色の僧衣を身にまとい、白の手甲に脚絆(きゃはんと読む)、そして草鞋(わらじ)といった。正しくキチンとした姿格好です。全員で声をそろえてお辞儀をし ながら叫んでいます。ぼくは固まってなにもできず、ただただ突っ立ってました。 しばらくして、ぼくからはなにもお布施がないとしった一団は・・・イカンイカンそんなふうに彼らを表現したらバチがあたるな。バチあたりのぼくを、みんなの合唱「ワウオー」でお救いくださった彼らは、さらに深くお辞儀をして隣へ移っていきました。 推測するに、たぶんかれらは、近くの平林寺の修行僧でしょう。 すぐ隣でまた「ワウオー」が始まっています。ぼくはつったったまま手を握り締め、ちいさく「ワウオ-」て言ってみました。小さく言ってみただけなんですが、なんだか気分は高揚しています。 ぼくと同様に飛び出てきた近所の無信心どもが、ニタニタしながら談笑しています。ぼくはなんだか腹が立ち。もう少し大きな声で 「ワウオー」と言い、まわりの無信心どもをキツイ目でにらみ付けました。拙僧をなんと心得る! 近所の無信心どもは脱兎のごとく、おかしな人と関わりになるのを恐れてか、それぞれの棲家に逃げ込んでいきましたよ。しかーし、よくよく考えてみるとぼくには僧籍がなく、いくらワオっても効き目はないのですね。恐れ多い無信心ものはぼく自身でした。はい。 さて突然ですが、ぼくはそれなりにですがキチンとはたらいています。サイトをオープンしたり、研究会の活動をしたり、いつも好きなとき好きな場所で本を読んだり、昼日中から散歩をしたりできるのは、ただただ組織に属さない一匹狼として仕事をしているからです。そのぶんリスクが大きいことも事実ですよ。 だからね、いったいどんな仕事をしているんだといった疑問をお持ちの読者のみなさん。以上がその質問のお答えです。
|
表現がね、なんだか気になるのです。
| 最近テレビなどでよく聞く、「子供たち」という表現が、じつはあまりすきではありません。 せんじつもあるテレビ番組をみていたら、番組の企画からすれば当然なんですが、やはり耳にしました。現職の教師がたくさん集まり、教育のあれこれについて、一生懸命討論している番組で した。番組では、参加している教師のほとんどが、教育を授ける相手である児童、あるいは生徒、そして 学生のことを、「子供たち」と称していました。 ぼくは正直に申し上げると、この先生方の言う「子供たち」という言葉が、なんともいやなんです。いえね、特にキチンとした理由があるわけではないのですよ。 ただねぇ、幼稚園や小学校2・3年生ならともかく、それ以上の対象者に「子供たち」はオカシクないですか?そう思いませんか? なんだかね、聞くだけでとっても恥ずかしいのです。もっとほんというとね、なんか気持ち悪いんです。 あっ、これはもちろんぼく個人の感想で、考えで、意見ですからね。違う意見や感じ方を否定するわけではありませんよ。そこんとこはいつものようにキチンと押さえておいてくださいね。 ぼくは、小学校高学年・中学・高校・大学生の彼らには、「生徒」や「学生」の呼称がふさわしいと思います。そう呼んでほしいのです。二つの呼び方の境目は適当でもいいです。ただし「子供たち」との境目はしっかりつけてほしい な。両用はだめですよ。メガネじゃないんだからね。 オジサンはね、そんな表現のひとつひとつにも、いまの教育現場の荒廃を感じてしまうんだなぁ・・・これってちょっとオカシイですかね。 人一倍感受性が強く、それでもって人一倍心優しい・・・ぼくだけなんでしょうかね。 ぼくらが中学生のとき、もちろん少数でとうぜんぼくなんかはその中に入っていなかったけど、ある連中は、毎朝新聞の社説を読み、たとえばプロレタリアートとブルジョアジーの関係について激論を交わす 、そんなグループが、それぞれのクラスの中に普通にいました。だから先生も、けっしてぼくらを子供たちなどと呼ばなかったように記憶しています。 えとね、ぼくはね、中学ではじめて生徒手帳をもらったときのことをたいへんよく覚えています。すごく大人になったような気がしてとても嬉しかったのです。これがね、子供手帳 なんて印字してあったら、たいしてうれしくありませんよね。はっきり断言できるのは、生徒を「子供たち」などと称していたら、そのような物言いをテレビで目にし耳にする「子供たち」は、完璧に甘えるということです。 しつこいけど断言できます。 なんつったてぼくたち「オコチャマ」なんだし、んでもって許されちゃうんだし・・・となるのです。だからこそ、そこんとこはきっぱしと区別しなければいけません。小学校低学年は「児童」 。小学校高学年・中学・高校・大学以上は「生徒」「学生」とね。 すこし自慢になるけど、明治生まれのぼくの親は、16歳の誕生日にぼくを呼び、正座をしてかしこまっている息子に向かって 「キミは今日から16です。きょうは元服なのです。以後は大人の精神でものごとにあたるように」 このように告げました。はっきりいまでも覚えています。 とても凛とした大人でした。冗談ではありません。ほんとにそのように言われました。 そして上記の我が家のような家庭環境は、すでにぼくのその時代でも少数でした。とにかくぼくにとっての親は、偉くて 、強くて、大きくかったのです。だからぼくは、常に親の前では正座をしかしこまっていたのです。 元服の翌日からは、なんだか親も、兄弟も、近所のおじさんおばさんも、猫も犬も、悪徳黒カラスも、みーんなぼくを大人としてみてくれているように感じました。とうぜん遠近両用は許されません。だから ね、ほんとうはね、しばらくは大人と子供の境目を行ったりきたりしたかったんだけど。それは とうぜん許されず、しっかり翌日から大人にされましたね。いろいろな意味で。 唐突だけど、さいきんぼくがなんとなく感じることは、世の中のたいていの人々は、なんだかいつも、何かに寄りかかって生きているように思うこと。それもお子様気分でね。 ちょっと言いすぎかなぁ。彼らが寄りかかっているのは組織や、家族や、地域や、大きく言うと社会にです。ただべったりとね。 でね、ぼくの感じるそれは、とても残念なことに、お互いに寄りかかり助け合いながら、互助の精神で生きていく ・・・といった寄りかかりではないのですね。絶対違うのですね。ただただべったりとオコチャマのように寄りかかっているのです。 ジョージ・オーウエルの小説「1984」をご存知ですか、 そこで書かれているビッグブラザーに支配される社会は、コンピューターによる個人情報管理システムが整備されつつある現代に、そのままあてはめられます。それほど不自然ではありません。 管理されるがゆえに、さほど思考しないで楽に生きることができる社会。それを求める人々。そんな人々が多くなりつつある恐怖を、ぼくは真剣に覚え るのです。バンビのように優しい心臓が痛みます。
|
雨の日がつづきます 4/15
| ぼくはそれほど雨が嫌いではありません。雨の日も晴れの日も、はたまた曇り時々雨・のち強風・夜半かけて豪雨・・・などといった予報にでも、ぼくは即それぞれの天候に順応できるよう、常日頃精神を柔軟にしています。だから雨でも風でも強風でも大好きです。槍が降っても平気なのです。うそです。 もっともね、精神の柔軟といえば言葉がきれいだけど、要するに何でもかんでも、その場そのときの雰囲気で、てきとうに身を合わる特技が身についているだけです。こうみえてもね。 終戦後の混乱期を、とにかく無事やり過ごした両親のDNAがそのもとにあるのでしょう。だから特にそのための努力を、毎日寝起きに30分ヨガ体操をおこない、寝る前にはかならず般若心経を必ず唱える・・・なんてなことの精進を日おこなっているわけではないのですよ。 それでも外仕事のときは、オジサンやっぱり憂鬱になりますね。うーーーん、だけどあれだな、ぼくらの小さいころの天気予報と比べたら、昨今の予報の正確さはすごいね。驚かされます。たいへんな進歩です。脱糞です・・・アッ、たいへんな間違いでした。脱帽ですが正解です。ゴメン。 そういうふざけたこと言ってると。約413万5千人の読者がサイト訪問をヤメ、そんでもってメルマガの解除なんか今日あたりは300万人にのぼるであろう。といったようないい加減うなことを言ってると、さらに350万の読者が「フザケンナ」メールをどかっと送ってくるかもしれません。しばらくメール受信をやめようと思います。 でなんの話だっけ? そうか、とにかくそんなことや天気予報の正確さはどうでもいいんだけど、大事な報告があります。なんと、昨年の春とおんなじように、ケンタクンがまた片足のを引きずり始めたのです。どうも左の後ろ足が痛いようです。 突然ですが先日、畑の横の、春雨でぬかるんだ小道を歩いているときに事件が発生しました。だいぶん気をつけて歩いていたのだけど、ついつい散るサクラにみとれて涙し、そのための精神の動揺と涙で前がよく見えなったせいか、見事にぼくはスッテんと転んでしまったのです。 散るサクラも罪なものです。したたか頭まで打つみごとな転び方でした。なんでも中途半端がいやなので転ぶのも真剣です。キチンと転びます。 薄れ行く意識のなか、ケンタクンがぼくを無視して、見事にぬかるみを飛び跳ねていった記憶があるのですが・・・そんなことは・・・たぶん夢です。夢にちがいありません。 でね、天罰かどうかへ別として?ケンタクンがここ数日足を引きずっているのです。ムムムッ、なんだか同じ光景を前にみたことがあるなぁ。やはり薄れゆく記憶能力とその装置をなんとか甘い卵焼き(卵3個分プラス砂糖いっぱい)で動かし、懸命に思い出してみました。 気がつきました。なんと去年の今頃も彼はおんなじように足を引きずっていたのです。甘い卵焼きえらい!ちがうな、卵焼きは好きだけど、毎日日に3度、2千年ぐらい食べ続けても、ぼくは平気だけどここでは関係ありません。 たぶんこれはきっと、犬にしては長すぎる足が災いして、彼もぬかるみで足をくじいたに違いない。いやいやたぶん、ぼくが転んだときに身を挺してぼくの体を支え、そんでもってそのとき足をくじいたにちがいない。そうなんだ。なんともたいへんかわいそうなことをしてしまったのだ。ゴメン。ケンタクン。 でも薄れ行く意識の中では、彼は遠くに飛んで言ったような・・・ まぁ、いいか。
|
失うことを恐れる・・・ことについて 4/05
| 何かを失うことへの恐れがぼくには染み付いている。ぼくにとってそれは、たとえば学生時代の、いつまでも人の輪の中にいたいという衝動 。あるいは少しずれるけれど 古くなった衣類を捨てない。いらないあるいはもう読まないペーパーを処分できない。道端でなんとなく気になり、とにかく拾って持ち帰った石を、いつまでも大事にしている等々、とにかく物をすてられないことなどに特徴的です。 もっともいまは、その人の輪の中にも、だんぜん入りたくない衝動の方が強く、たぶんそれは、失うことへの恐れがなくなったからなどではけっしてなく、それらを通り越したところに、無意識に 、自分をおいているのだと思います。けっこうね、都合よくぼくは出来ているみたいです。 少し前に、このサイトで、ぼくはノーラジョーンズのことを書きました・・・話しましたというべきかな。 ときどき彼女のCDを聞きます。でね、その彼女の最新のアルバムなんだけど、聞くたびになんだかとても懐かしさを感じます。なんでだろう。そんなことが妙に気にな ります。そんな状態が続くと、脳みその奥の方の、さらに奥の方にちょっとだけその機能が残っている記憶装置とやらの重たい扉が開き、記憶機能がじゅうぶんでない割には、そうしつこくね、機能がぼくに語りかけるんです。 「キミねぇ、えとねぇ、そろそろその気がかりについて、真剣にキチンとかんがえなさい!」 「キミねぇ、えとねぇ、もうキミの場合はね、音楽方面はそれでなくとも弱いのだからね、とにかくじっくりとあたたかい豆乳でも飲みながら、よーく咀嚼して、目をつぶって 、やさしく聞いてみたら・・・」 等々、とにかくうるさいので、とりあえず豆乳を暖めることにしましたよ。なんで豆乳なんだかわよくわかりませんがね。 はなしはとんでもなく変わるけど、最近の市販のパック入り豆乳はなんだか甘すぎるな。もうすこしキチンと、栄養たっぷりで滋養のある食べ物・飲み物は、たとえば苦かったりして 、ある程度抵抗のあるものでないと、精神的に効きそうもなくなるのですね。おじさんには。そこいらは豆乳関係の方々にきっちりと申し上げたい。 さてと、ビリーホリディをご存知ですか。歌手です。まだ、白人のバンドで黒人が歌うのさえためらわれる時代に育ち、 短期間ですが刑務所を出たり入ったりしたけど、それでも女性ジャズシンガーの第一人者といわれたのが彼女です。ストレートに歌うことを毛嫌いし、まるでホーンを吹くように歌っていた 彼女の歌は、ある設定されたシチュエーションを理解するものにとっては、身震いするほどの感動を受けます。 そうここでね、やっとノラと繋がるんです。ノラの歌うぼくの好きな曲は、すべて、ビリーに繋がっていましたよ。 懐かしさはそこにあったのです。 ふと思いました。ビリーが幼少のころに、当時彼女が唯一レコードを聴くことができた売春宿で、床磨きの仕事をしながら聞いたベシースミスの歌。その彼女から大きな影響を受けたように、ノラもまた、ビリーに学んだのでなないかとね。ぼくはそう思います。残念なことに、カーネギーで公演するほどの才能があったビリーは、44歳でこの世を去りました。 いつもトンチンカンなぼくは、あわてて少ないCDコレクションを引っ掻き回しました。彼女がいつも着ていた白のステージドレス姿をジャケットにしたCDを、ぼくは持っていたのです。 ぜったい持っていたのです。けど、なにせわずかなコレクションです、CDがなくなっているのはすぐわかります。 いつものように、そこにはなにもないのに、両手を広げてじっと見ます。いつものようにね。 たぶん捨てたのでしょうか。一度失った大事なものは二度と帰ってこない。そのことが辛いくらいに身についているぼくですが・・・やはり たぶん捨ててしまったようです。今日で57歳になりました。
|