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ときどき、なんだかとてもか気になる光景みることが、さいきん多くなりました。今日もそうです。たぶん登校の途中なのでしょうね、小さな身体に、うんと大きなランドセルが、やけに目立つ女の子でした。
気になるといってもね、それはなんだか問題があって、困ることであって、注意しなければいけないことなのであって、意見をしなければいけない・・・なんてことではありません。まぁ、ちょっと言い方は適当ではないかもしれないけど、嬉しく気になる。楽しく気になる、元気に気になる・・・なんてなこともあるのです。オッサンにはね。
東京の新宿から西方向に走る新青梅街道は、ときどき意味もなく混みます・・・そういう言い方はオカシイかなぁ。あのね、新青梅街道はね、ぼくにはとんと理由がわからない混み方を、ときどきするのです。
片側一車線のせいかもしれません。けどぼくの大好きな道路です。
もちろんもっとちゃんとした理由があるのかもしれないな、今日もたぶん、オッサンのこの偏り脳味噌あたまがね、正常な、キチンとした、いわゆる正しい判断思考をさえぎっているのかもしれません。
まっ、ともかく、この日も、オッサンの理解できない混雑がありました。
その渋滞のなかで。そう、それはぼくのあたまの中で、まるで映画の1シーンのように、パステルな淡い輝きをベースとした、すてきな光景が展開したのです。
横断歩道を渡る女の子は、目を輝かせていました。
横断歩道を渡る女の子はほっぺたを少し膨らませていました。、
横断歩道を渡る女の子は、ほかの子供たちとは違う方向に向かっていました。
横断歩道を渡る女の子は、たぶん同級生と思われる子たちに何かを言われ指差されています。
横断歩道を渡る女の子は、彼らを無視し、さらにほっぺを膨らまします。
横断歩道を渡る女の子は、ちいさな身体ぜんぶで、その気持ちをあらわしていました。
真摯になどという言葉が、なんだかとても陳腐に揶揄される時代が続きます。ぼくはそんな時代に埋もれてしまうことを、かたくなに拒否し続けてきた一人です。
ちょっとカッコよすぎかな、でもほんとです。ただしそれは、たんに一生懸命になるっていうことで、別に「清く正しく」なんてなこととはだいぶ違うのです。世間体だの、場の空気だの、風をよむといったたぐいの自分への言い訳が、ただ嫌いなだけです。
さてさて、彼女はね、しっかりとした意思を持って歩を進めていましたよ。
その彼女の胸には、ランドセルと同じぐらいの子犬が、嬉しそうにじっと見上げていました。 |