おじさんの小さな日常 5・6月分
 

 

      

                       

               毎月の催しは嬉しくもありまた・・・ 6/30

  感じ方なんだろうけど、いまひとつスキッとしたお天気ではない気がします。朝なんかも、ここんとこずいぶんとどんよりとしてませんか。

 飼い犬のケンタクンは、暑いせいか食欲があまりありません。そこいらはぼくと正反対ですね。

 ぼくなんか食欲だけでなく、あらゆる欲が活発で、暑かろうが寒かろうが関係なく、いつも目をギラギラさせています。すごいんです。

 そんなぼくを飼い犬は、散歩のたびに、雑木林で、じっとぼくの目をみながら、少し怒ったような顔で諭すのです。もちろん無言ですがね。ぼくにはわかります。たぶんこんなことを言っているのでしょう。

 「あのねぇ、父さんもずいぶんと大人なんだからね、そんなにギラギラしてはいけないのね」
 
 「あのね、父さんはもう孫もできたのだから、イロイロ自制できないとね」
 
 「あのぉ、父さんはもうそんなに若くないんだから、ちょっとカラス君がうるさく鳴くからって、おんなじ・・いやちがうなぁ、それ以上の声で真似して鳴かないのね。恥ずかしいから」

 なんだかいつのまにか、飼い犬にも精神的に追い抜かれてしまったようです。でもね、それでいいとも思っています。ぼくはあまり年を取りたくないのですからね。

 さて初孫が生まれてからもう半年になりました。早いもんですね。昨日はそれでイロイロ催しがありました。

 もっともカミさんはどっかに(たぶん八ヶ岳)行ってしまっているので、催し参加者は、ぼくと娘二人、孫、犬一匹です。「祝6ヶ月」「おめでとう半年」「バンザーーイ6ヶ月」などのカードや張り紙で居間は飾られています。

 でね、じつを言うとこの催しは、なんと恐ろしい・・いえ表現を間違えました。こうです、なんとすばらしくもたいへんなことに毎月あるのです。はい。なんと毎月ですよ、そのご誕生の日に・・

 まぁ、でもね、昨日行われた厳粛で華麗な「ご誕生半年・セレモニー」よりは、毎月の飾りやチラシやカードは少なめです。またそれにともなうお祝いのお言葉をキチンと言ったり、わずかでもお祝いの品を贈ったりする事も少なめです。ふう。
 
 ぼくはちょっと思いました。えとお祝いはけっこうで、カードやチラシが居間を飾るのもけっこうです。めでたいからね。でも催しのへ参加は、わりと、こうなんていうか、自由にフラットにしていただきたいのですね。

 そんでもってお祝いのお言葉とか、お祝いの(あらかじめ決められていて、どこで買うかも指示されている)お品についても、できればもうすこしフリーなかたちでさせていただきたいのです。ほんとに。

 でもそういうことをいくら考えても、いくら思っても、娘と孫の顔をみると言えません。逆立ちしたって言えません。ダラシナイのです。

 それにしてもカミさんのヤツ!逃げやがって!いったいいつ帰ってくるんだ!ナメンヤヨ!
 

 

               お犬様物語には天罰を 6/28

    友人のサイトをながめていたら、犬のコマーシャルが紹介されていました。早速案内されているサイトをクリックしてみると、例の「you tube」でしたね。

 さいきんなんだかアッチコッチで、妙にこのサイトが評判になっているね。ぼくは以前から・・・まぁ以前といっても時々なのでね、それこそなんだかエラそうには言えないのだけど、それでも時々覘いていたので、この昨今のメディアでの取り上げが、このサイトの将来を左右するのではないかと、ちょっとオーバーに心配しているのです。

 犬を使ったコマーシャルに、ぼくはまだ、あまり納得できるものがありません。まだといってもこれから先もあまり期待はしていませんね。

 だいだいがね、そもそも、お犬様を、ボランティア同様に、あるいは女衒(ぜげん)のように働かすなんぞは、こいつはお天道様も許しませんよ。絶対バチがあたるって。

 さてと、その友人のサイトで紹介していたコマーシャルはここです。ゴム屋のCMでした。
http://youtube.com/watch?v=3EpG7D59rqc

 サイトを見たくない人、あるいは見れない人のために簡単に説明しましょう。あとそれからね、進行には多少色づけしてありますが、いつものことですからね大きなひろーーい心で見守ってつかわさい。

 物語は江戸末期です・デンデンデン

 骨をくわえた青年犬の伊佐治(この先、犬の名前はすべて仮ですから、そこんとこもよろしく)が、愛しい彼女犬のジョセフィーヌに骨をあげようと街道を急いでいます。

 「早くジョセフィーヌちゃんにこの骨をあげるんだ。そんでもってうんとよろこんでもらうんだ」

 懸命に街道を急いでいると、突然目の前に、惨劇が繰り広げられているシーーンが・・・その惨劇は、伊佐治のその優しく正直でまっとうな精神(現代で言うとぼくみたいな心根)を、その根底からズタズタにします。ヒドイ!

 「ウハハハハ、ウハウハウハ」ウーナンダ伊佐治!その目はウハウハウハ
 (えとこのへんは、できれば上田吉二郎ちょうで読んでください)

 なんということでしょう。田舎やくざ犬の権蔵(ごんぞう)が、可愛そうに可憐なジョセフィーヌちゃんにのっかかり・・あーなんと悪さをしているのです。

 「伊佐治サーーーン、お願い、早くたすけてーーーー」

 ジョセフィーヌの叫びを聞いてか聞かずか、放心状態の伊佐治は、くわえていた骨をその場に落とし、うつむき、そして身をひるがえしたと同時に、脱兎のごとく街道を後にしたのです。

 「クソッ クソッ クソッ クソッ クソッ クソッ クソッ クソッ」

 峠の茶屋のゴミ箱をなぎ倒すわ、飛脚の脚絆に食いつくはで、誰かみたいに脳味噌が位置ずれしておかしくなっちまいました。

 そうして、ぼくなんかいっそのこと早かごの車夫に踏み殺された方がよっぽどましと、むこうからやってきた早かごに身を投げてしまったのです。

 「キキーーーー・・?そんな音がでたかでなかったかは、物語なんでおゆるしください。

 とにかくすんでのところで車夫の足が止まったのです。なんと車夫はその年に流行った天然ゴムつき草鞋を履いていたからです。そのゴム草鞋はブリジストンとかいう舶来もの。たいした制御能力でやんした。

 とまあ物語はここでオシマイ。けどねぇ、犬はね、そんなふうに気弱じゃあないのですね。小さくても大型犬に平気で向かっていきます。それにさぁ、友人も書いていたけどねなんで犬なのかなぁ。なんで自殺すっかなぁ。

 はっきりいってね、日本の正しいキチンとした犬好き人には、そんなコマーシャルは逆効果だよ。もちっとさぁ、正しい犬好き人にね、できれば短期間でもいいからキチンとした親しい触れ合いをして、正しいお犬様の生態を学ばないといけませんね。逆効果だからね。
 

                          誰かが誰かを愛してる 6/28

   あっ、違いました、夢はしょっちゅう見ますが、めずらしく親の夢を見たのです。ぼくは小学生、省線に乗って品川の海水浴場へ行った夢です。

 じっさいに、当時品川の先に海水浴場がありました。もうすでに海は海の色をしていませんでしたね。そんな記憶が夢とあいまって鮮明に思い出されます。

 夢の中でね、ぼくは、ずいぶんと甘えていました。ハハハ、なんともいまのぼくからは想像できません。じぶんでも思わず笑ってしまうほどです。

 ぼくはだいすきな帽子を、その小旅行でなくしまったのです。しばらくそのことが、ぼくの小さくて可愛らしいバンビ心臓を痛めつづけました。

 その小さな野球帽はね、当時のぼくの宝物でした。そのたからものは大好きな女の人からもらったものなんです。その人を、ぼくは、しばらくお母さんと呼んでいました。

 山の手線の線路脇、そう、ぼくの前からオンナの人が消えて、いなくなる最後の日のことです。線路脇で、ぼくが欲しがっていた新しい野球帽を頭にかぶせ、電車の声に負けないほどの大きな声で、何度もぼくに言い聞かせていました。帽子が強く食い込むのでとても痛く、とにかくうなずいていましたっけ。

 「一生懸命勉強するんだよ。約束だよ。」
 「一生懸命勉強するんだよ。約束だよ。」

 繰り返される言葉の強弱が、なんだか恐ろしく、いやなことが起きそうでとても怖かった。

 ぼくはなにごとかよくわからず、なんだかいつもと違う女の人の顔を、ただ、ただじっと見ていましたね。たぶんそんなぼくは、いま思うと、とってもひどく残酷だったのでしょう。ごめんなさい。

 怒ったような顔のオンナの人は、それでも少し笑って、もう一度やさしく「キチンと勉強するんだよ」と。

 いろいろありましたが、ずっとその帽子がぼくの宝物でした。すぐそばにあのオンナの人がいるようで、だから宝物でしたよ。

 情けないことに、しばらくぼくは省線に乗ると、気がつくと、窓からオンナの人を探しているのです。海水浴にいっしょにいければいいのにと思いながら、その日もぼくは窓から顔をだし、そして帽子は飛んでいきました。

 窓から飛ばしてしまった帽子を、取ってきて欲しいと、親に、隣り合わせた乗客に、アコーディオンを弾いている傷痍軍人に、当たりかまわずお願いしました。でもね、ぼくは甘えていたのではないのです。とっても必死だったのです。

 それから何度も、そう何度も帽子を買ってもらいました。けどあの野球帽には会えないのです。残念です。ほんとうにごめんなさい。
 

                            ぼくは肉体労働者 6/26

 
 ここ数日、ぼくはいつもより元気な肉体労働者です。なぜなら夏が大
好きな肉体労働者だからです。つまり、ちょっと暑いぐらいが、ぼく
にとっては理想的な肉体労働環境と言えるのです。

 うーーむ、考えたら、あたまからそんなに意気込んで書く内容では
ないような気もします。まっ、でも、うんと暑いなか、一生懸命から
だを動かしてのお仕事は、ぼくにとってしつこいけど理想なのです。
あ、それからときどきですが、少しですが、なんと知能労働もします
。しかし圧倒的に肉体労働者なのです。

 さて春夏秋冬、皆さんにとっては、どの季節が理想的な労働環境な
んでしょうね。ぼくはとにかく、「オー今日はやったぜ!」なんて声
が出るほど、じゅうぶんな仕事をしたなって気になるのは、肉体労働
に関する限り、やはり夏ですね。

 さてここ数日、陽射しが、真夏のそれと違い薄ぐもりだったせいで
しょうかね、それほど強くないのが助かりました。それでも、肌が露
出シテイルところは、まっかっかになってしまいましたけどね。

 ぼくは正直にしつこく申し上げますが、屋外で、強い日差しに肌を
さらしながら、流れる汗を手の甲で拭き、そんでもって「暑いぜ!」
なんていいながらのお仕事が一番好きなのです。肉体派なのです。

 けどねぇ、体力の低下についてはね、年を重ねるほど意識するね、
やはり。

 そういえば、ぼくはしょっちゅう「脱ぐとすごいんです」なんてア
ッチコッチで言ってるでしょ。でもね、それは半分は本気なのですね
。おじさんはこう見えても(どう見えるかは判断が難しいのですが)
脱ぐとすごいんです。

 あっ、それから、えーーと、勘違いされると困るんだね。つまり脱
がなくても脱いでもすごさは変わんないんだけど、とにかくぼくは、
普通の人たちより、体力的には恵まれているということを言いたいだ
けなんでね。そこんとこ誤解がないようにね。けっこう多いだな、こ
の勘違いが・・

 とにかくね、毎日300から400通ぐらいの、若妻や社長婦人や
・金持ち令嬢や・どこかの阿部さんから、逆縁だのなんだのの申し込
みメールが、それこそ大量に舞い込むのでありますね。いいかげんに
勘弁してほしいのです。

 問題はね、それらをとにかくサクサクと削除するのはいいのですが
、慣れちゃってね、大好きな木村カエラチャンからのメールまで削除
してしまいはしないかということです。とにかくヒヤヒヤの毎日なの
であります。

 もっとも冷静になって、よくよく考えて見れは、木村カエラちゃん
からのメールが街のオッサンにくるはずもなく、来たって木村コアラ
とか木村ケサラなんていう、やっぱしお誘い系のあぶないメールでし
ょう。そんなんで、そこいらは寂しいけどまあ安心です。

 さてその体力ですが、いくら元気でもね、それでも、10代・20
代同様・・ってわけにはいきませんよね。

 たしかにそのとおり。けどそこは年の功、「体力まだあるぞ」のご
まかし秘術があります。これはごまかしでもたいへんな秘術なのであ
ります。

 うーーーん困ったなぁ、紙幅の関係から、そのだいじだいじな秘術
を、皆様にお伝えするところで、なんと字数制限に引っかかるようで
す。ごめんなさい。いつかお伝えします。

 うーーーん困ったなぁ、そのだいじだいじ秘術をいつかお伝えした
いんだけど、なにせオッサンの脳味噌はふつうと違い、すこし偏向し
つつ、さらに忘却が得意技で、そのうえ自分勝手で、くわえて約束の
大人用の会議などもすっかり忘れるほどですから、約束できないので
す。

 うーーーん困った。
 
 

 

                         スリッパとの会話 6/25

   

 玄関のたたきの上に、姿かたちはとっても新しいのだけど、なんだか懐かしいスリッパが、ちょこんと並んでました。そいつがね、仕事から帰ってきて玄関のドアを開けたときに、ポーーンと目についたのです。

 ぼくは思わず「やあ!」と声を掛けてしまいました。なんだかとっても懐かしかったからです。

 おくからは「お帰りーー」カミさんと娘の声です。

 あのね、ぼくが帰宅したことは家人にはすぐわかるそうです。なぜなら我が家のカワユイ飼い犬が、狭い玄関前を、全速力で右往左往し始めるからということ。あのもちろんね、最初はゆっくりしたノソノソ動きからはじまるんですよ。あたりまえです。そうじゃなきゃ家人がケガをしてしまいます。我が家のカワユイ飼い犬に、突然全速力で走られたらたいへん怖いのです。

 なにせ我が家の飼い犬はとんでもないのです。えと誤解をされるといけないので事前にお話しますが、彼はもちろ普通の犬です。ですが、どっちかというと、これがなんと獣に近いのですね。はい。であるからして体重35キロ・顔ヒグマふう・2本足で立つと顔がぼくの顔の前にある飼い犬は、全速力で走ると・・走る凶器になるのであります。

 ちょっと前ですが、遊びに来た友人が、普通の犬と勘違いをし、不用意にも遊ぼうとしてそばにより、なんと恐ろしいことに両手を広げてオイデオイデなどをしてしまったのです。

 そうしますととうぜんのように、たいへんオヨロコビになったカワユイ獣ふう飼い犬に飛びつかれましてね、そんでもって胸のあたりに、その必殺の前足パンチをもらい、その鋭い衝撃に肋骨にちょっとヒビがはいったそうです。まぁちょっとですからねぇ、たいしたことないんですよ。けど数日後、その友人の妻で、世間でも友人仲間でも悪妻といわれているA子が、いやみたっぷりに電話をよこしました。

 「主人からは言うなと言われているんですけどぉー、アレコレアレコレーでぇーいま医者に通っているんですよーー」

 言うなといわれたら普通はいいません!と軽いツッコミを、直接相手に言うと悪妻なので怖いので後々まで尾を引くので・・とにかく軽く自分に向けていたしました。ナサケナイ。

 なんんにしても、友人の悪妻から(本当はわかりません。でも評判なのです)の電話ですから、それほど気にしません。ほっときました。まあちょっとのヒビぐらいは許されるでしょう。

 そういえば、それ以来あいつから連絡ないなぁ。何かあったのかなぁ・・

 まぁいいか。

 とにかく「友人で・男で・最近連絡がない人」はほっとくとしても、これが女子供だとそうはいきません。しゃれになりません。だからね、お遊びも散歩も結局はぼくとしかできないのです。

 えーーと、何の話だっけ・・そうかスリッパの話だ!

 でそのスリッパですがね、あまり大きな声で言えないのですが、昔から我が家に居座っているのです。そうそう昔からって言えば、我が家のカワユイ獣ふう飼い犬は、昔からね、例のほらよくあるでしょう、あの役所のスピーカー放送ですよ。夕方になると

「良いこのみなさん、もう6時を過ぎました。早くお家に帰りましょう。♪ゆうやーーけ・こ・や・けーーの 赤とーんーーぼーーーー♪」

 ていう例のあの帝国公共放送です。あれを聞くと獣犬(ケモノイヌト読む)は猛然と唸ります。それもご近所にたいへん迷惑と思われる独特の吼え方なのです。

 「ウイェーーアアアウオォォォエエエェエエェエエェエーーーー」

 なんて感じの吼え方です。字だとだめだねぇ、こうーなんていったらいいのか、とにかくうまく表せないんだよねぇー、まあ、とにかくたいへん独特で奇妙な吼え方なのであります。

 でね、それとっても面白いんで、ぼくも時々マネしたりしています。問題は獣ふう飼い犬がマネサレルコトヲ好まないことです。みっかると、ギッとした顔で睨まれるのであります。だからあんまし表立って正々堂々とはできません。怖いのです。

 えーーー今日はなんの話だっけ・・スリ・・

 

 

 

ニッポニアニッポンはいずこに 6/23

   このあいだ内閣府が、都道府県別の各分野における、女の人の社会
進出状況を数値化したそうです。でもってこれをね「女性のチャレン
ジ指数」なんて呼んでいるんです。なんだかはずかしいなぁ。そう思
いませんか。チャレンジ指数・・おこちゃまがガンバッテいますから
ーー・・なんて聞こえちゃうなぁ。

 女性幹部の割合(平成12年の全国平均を1とする)

平成16年

 分野   1位の都道府県     ビリの都道府県

「雇用」    徳島県          静岡県
「起業」    徳島県          群馬県
「行政」    東京都          北海道

 徳島は雇用・起業に関してエライ! ナメンナヨ静岡!

 やはり東京さんですね。キチンとしたマツリごとをしていますね。
北海道君もね、雪印がつぶれたぐらいでスネないのね。がんばんなさ
い。なんて感じですかね。
 
 いまのニッポンでも、まだこうした男女の比較が必要なんでしょう
か。もちろんいまのニッポンには、まだ何かと比較して頑張らなけれ
ばいけないものもあることはあるけど、でもこうした男女の比較って
いうのは、いったい何を目的としているんだろうね。なんだかピント
こないんだね、ぼくには。

 あのね、ちょっと考えればわかることなんだけど、性差による差別
問題は、機会の均等では絶対に解消することはできないんだね。とな
るとだよ、逆差別しなければ、性差による上記の統計問題は解決でき
ないということになるよね。アメリカ社会のマイノリティー雇用と同
じ状態になっちまうんだ。オカシイよね。

 その昔、我がニッポンチャチャチャがまだ幼いころ、エライ人たち
は一生懸命考え、ナントカ国力をつけるために欧米のいろいろと比較
し、そんでもって国民に努力を強要しました。もちろんいいところも
それなりにあったんだけどね。

 でね、そこいらの発想は、とりあえず鎖国から解き放たれ、外の世
界に対しては生まれたばかりで何にもわかんないニッポンチャチャチ
ャ人民を元気づけ、そんでもってお上の思う(もちろんチャチャチャ
人民に良かれと思ってなした政策ではありますが)いわゆる一流国家
に目標を置きそれに突き進む、そういうもんだったわけ。

 でもさぁ、いまだになにかと比較してね、そんでもって人民を納得
させよう、あるいは努力させようとする様はね、ずいぶんと人民をば
かにしてはいないかなぁ。

 けっこうこうみえてもニッポンチャチャチャ人民は大人になりつつ
あってね、けっこういろいろなことを指導する立場にもなっているの
ですね。だからアッチコッチに帝国自衛軍を派遣して、片思いの国際
貢献などをする立場になっているのであります。けっこうエライので
す。

 だからさぁ、ニッポンチャチャチャ人民はね、もう、あのいにしえ
のニッポンチャチャチャ人民の時代ほどおバカではないのでね、内閣
府もめ、男女問題なんか持ち出して、国民の関心をそっち方面にひっ
ぱろうなんていう姑息でいやらしい手段をとらないようにね。

 なんかかんぐりすぎかなぁ・・・・チャチャチャ・・
       

 

                         気をつけをしているトウモロコシ 6/22

   朝から、仕事で使用する材料が揃わず、とんでもなくイライラしていました。ぼくはね、朝からイライラすることなんてめったにないのです。たいていは、朝からヘラヘラしているのです。

 ぼくのイライラは、なんと昼過ぎに頂点に達し、妻の必死の静止を乱暴に振り払い、ベランダから身を乗り出し、思いっきり大きな声でカラスと会話をしました。気持ちよかったです。すっきりしたとです。

 さて町内では、近所の愛国婦人会の防犯オバサンたちが、「防犯パトロール」なんて書いてある布切れを自転車にくっつけて走りまわっています。前後のカゴにくっつけている国防婦人もいます。

 たいていのオバサンは普通ですが、前後にくっつけている国防オバサンは険しい目をしたゴツイ身体つきです。ほんとです。ラグビー選手並みです。

 ま、そこいらを気にするときりがないのでほっときます。なにはともあれ、ぼくは悪徳黒カラスと大きな声でお話しができ、なんとも気分がよくなりました。そこで愛犬と散歩に出ることにしたのです。

 ランランランたらランランラン。朝のイライラ気分は急激に失せ、今度はヘラヘラランラン気分が押し寄せます。モグラの落とし穴や鎌首持ち上げの、尻尾ぶるぶる震わせの、ヤブに隠れてじっと見てるぞ、いざ噛むぞ蛇等々の攻撃や罠を回避し、ナントカ無事雑木林を通り抜けました。いつも命がけなのです。

 えと話は飛びますがね、この雑木林はつい最近まで浮浪者のハウスがあったり、アブナイオヤジ(ぼくではない他の)が徘徊していたり、コジュケイが集団で走り回っていたり、普通の蛇がアッチコッチで寝ていたり、山蛭が草むらで待機していたり、幽霊が木陰から顔を覘かせて優しく微笑んだりしていたのです。

 いまは浮浪者ハウスはありません。アブナイオヤジはぼくだけです。幽霊も時々ですね。

 さて話を戻します。雑木林を抜け、中学校の校庭横に出ると畑が広がります。気がつくとトウモロコシが、もうすでに毛むくじゃらな実をくっつけて、元気よく整然と並んでいます。なんだか「気をつけー」って言われて並んでいるようです。

 これはたぶん、毎日校庭から聞こえてくる、愛国国防会に所属している校長先生の、その大きな声の朝礼の挨拶「キヲツケーーー」に、きっと影響をうけ、キッチリ洗脳教育をされてしまったに違いないのです。なんだか可哀想です。

 教育は大事ですけどね・・・
 

 

             愛国貯金箱  6/21

   

 60歳以上、いや65歳以上かなぁ、たぶんそのあたりの方ならご存知でしょうね。ご存知でなくとも、名前ぐらいはみみにしたことがあるではないでしょうか。

 ちょっとその「愛国貯金箱」っていう文字を目にしたのでね、気になってサイトで調べたんです。もちろんぼくも実物をみたことはありません。ぼくも戦後の生まれですから、あたりまえですよね。

 これはね、戦時中に内務省が主催したもので、国民が一日一銭宛ての貯金を積み立て、貧しいわが国の財政を助けんがためにおこなった愛国運動とのことです。その趣旨はまことにエライのです。

 「だからなんなんだ!ナメンナヨ!」・・・・・

 まあまあ、そういきりたたないでね。あのね、愛国だとか国体だとか富国強兵策・戦時体制強化・国民精神総動員実施要綱などといった言葉に、すぐさま反応し、そんでもっていきりたつのは危険です。取れたばかりの畑のトマトになっちゃいますよ。

 えっ、よくわかんないって、しょうがないなぁ。説明するとおもしろくなくなっちゃんだよなぁ。

 でもまあいいか。いえね、説明するほどのこっちゃないということを前提としますよ。つまりね、「すぐ赤くなるっていうこと」・・・じつはこれ、ちょっと前に、どこかで誰かが言ってたことの受け売りです。すんません。

 さてと、小学生3年生のころ、親が郵便貯金通帳をつくってくれまた。500の預金が入っていたそれは、なんだか今考えると、保険の証書のようなつくりでしたね。

 ぼくは嬉しくて、親から、持ち歩いてはいけないという、あたりまえの注意に違反して、机の引き出しからひそかに取り出し、学校に持っていって友達に見せびらかしました。鼻をめいっぱい広げてね。

 まあそんな貯金箱は可愛らしいのですが、愛国貯金箱などという名前になるといけません。耳を澄ますと、なんだか軍靴の響きが聞こえてきそうです。

 ほんらいの目的である愛国貯金箱の成果が、はたしてどのようになったかはわかりません。けどおしまいには、お寺の鐘さえ供出したほど、わが国は切羽詰っていたことはたしかのようです。

 それでも国民みんなで、わずかづつでも出し合って、国家のためにナントカしようという心根は、なんともすばらしいと思いますよ。

 じつはね、なんでこんなことを言っているかというと、例のあのニュースです。ここんとこ毎日報道されている日銀総裁のファンド問題。なんとも騒がしいかぎりです。

 ぼくはね、法的に問題がないなどというタワケタ返答はもちろん無視します。それより腹がたつのは福井さんが言った言葉です。利益分はなんらかの形で公のために使用したいみたいなことを言っていたでしょ。



 ジューダンジャありませんよ。善意っていうのはね、国民が食べるものも我慢して、国家にささげる愛国貯金箱の一銭がほんものなんでね、ふんぞり返って儲けたあぶく銭を、ドーーーンとささげたって、そんなもん善意とはいえません。

 たとえば善意っていうカタマリがあるとするよ、でね、その大きさ測る時はね、その一つ一つの善意がどんな中味かっていうことをまず考えるべきなんだよ。

 あぶく銭の善意なんかさ、言っちゃあ悪いがね、耳かきの上にものっからないほどちっぽけなもんってことさ。                        

愛国貯金箱台紙

 

               東京物語  6/20

   

  オッサンにもね、ランドセルを背負って、野に咲く花を眺めながら家路についた日々がありましたよ。

 オッサンにもね、それはそれは優しい目で、野に咲く花をいとおしく見ていた日があったのです。ハハハハ。ほんとですよ。

 昭和30年代、オッサンの育った東京は、まだまだ普通の自然がいっぱいありました。

 春先の通りっぱたにはスミレやタンポポ、そして菜の花が、元気に街を、通りを、彩ってました。

 夏はツユクサやドクダミの白い花が、なんでそんな名前になったかと思うほど可愛く咲き、ガンクビソウは枯れてからの遊び道具でした。

 秋、当時から一風変わった性格のオッサンは、大人みたいに、風になびくオギやカヤを見て、はかない人生を思ったものでした。ホントカヨ。

 冬はスイセンかなぁ、それでも垣根のツバキには、すべてにだいぶ大人びていたぼくは、へんに女の毒々しさを感じたりしてましたね。やけにオマセで生意気なガキだったってことです。

 「おい、いったい今日はどうしたんだ?」そんな声が聞こえてきそうです。

 じつわね、あるところで「東京に遊びに行ったけど、街はよそよそしく、人間味が感じられず、息が詰まる感じしか受けなかった、東京は住みたくない街だ」なんて書かれていたのを読んだのです。

 ぼくはちょっと考え込み、それから少し首をひねり、そしてひとり「違うんだよなぁ」とつぶやきました。

 うーーーん。そこでね、東京だって昔はね、そんな街ではなかったんだとコメントをしたのです。

 あのね、これはぼくの感じ方だけど、昔の東京にはうんと個性があったんです。

 じつは東京は、首都東京と意識しだしてから、めっきりだらしなくなっちゃいました。でね、けっきょくのところ東京は、東京というイベントをね、いまやってるんじゃないかな。それでも演じ手は、東京に来た人たちだけです。

 あの、それほど東京人はね、ハレンチじゃありません。 あれ、こんな風に書くとまた反感を持たれそうだな、別にいいけどね。つまり東京人はね、ほんのちょっと、首都を意識しただけなの。でもそれが間違いだったの。

 アッチコッチからやってくるイベンターたちは、みーんなはりきって、首都東京を演出をしましたよ。まことに騒々しい。 けどそれはね、しつこいけどけっして東京人が望んだものではないんだ。東京が変化していくさまを、ただうつむいてながめていたのは、シャイな東京人が多かっただけ。しゃしゃりでて、着飾って、はしゃぐのはね、こういっっちゃあなんだけど他所のお人たちなんだ。

 ついこのあいだも、都市の変化は必然だなどと、どこかのおバカが、ブラウン管の向こうではしたなくおおきな口を開けしゃべってました。首都はなおさらだそうです。まったくバカな話です。

 首都東京に集まるあこがれ人たちによってね、東京はどんどん変えられしまいました。そう東京をね、みんながよってたかって、ただのあこがれる東京にしていったのです。でね、そんなあこがれの結末が、・・・いまの東京ですよ。わかってんのかなぁ、ほんとにもう勘弁してほしいのです。

 東京物語(小津)の背景になった東京は、それこそ隅っこの一部でしか生きていません。そんな東京でね、いにしえの都を探すのは、感じるのは、無理なんです。たぶん一生懸命探してもね。
 
 「おい、勝、『都市の論理』(羽仁五郎著・60年代後半に左翼学生に多く読まれた)が50円で売ってたぞ」と友人からの電話。

 早稲田の古書店前の50円本を入れてある台に乗っかっていたそうです。ぼくはなんだかやけっぱちに「もうどうでもいいんだ」と答えていました。

 それでもオッサンが育った東京はね、オッサンの頭の中で生きていますよ。 これはたぶんずーーと変化なしだね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

             真空飛び膝蹴り   6/18

   よくある議論で、「映画や観劇は足を運んでこそ、そのほんらいの感激を得られる」って言うのがあります。

 でね、そのことをちょっと考えてみました。

 戦後の一時期まで、普通の人々にとっては、自宅で映画や観劇を楽しむことなど想像も出来なかった時代です。もちろん一部の特権階級に属する人々は除きますがね、そんなことが当たり前の時代にぼくは育ったわけです。

 家族に連れて行ってもらったはじめての映画は時代劇、般若の面をかぶった侍が大活躍の痛快活劇だったような気がします。あんましよく覚えていないんですがね、とにかく活躍してましたよ。

 その次の記憶は、洋画です。「アラモ」という題名だったような気がします。あっと、ひょっとしたら「アラモの砦」だったかもしれません。

 銀座の映画館で、すぐ上の兄が一緒でした。たしか小学校4年生ぐらいだった気がします。

 圧倒されるパノラマ画面に、なんだかたいへん興奮しましたね。そしてすぐにでもテキサス義勇軍に志願し、ウンコみたいなサンタアナをやっつけるために、いますぐにっくきメキシコ軍と戦わねばならないと、アツく両手を握りしめました。

 ぼくはね、どこに行けばテキサス義勇軍に入れるのか、どうやったらジムバーイのようなナイフ使いになれるのか知りたくて、しんけんになって兄に聞きました。兄は、やはり、血走った目で「帰っておとーさんに聞く」と、言葉少なでしたが、だいぶ興奮してました。 兄はぼくの一つ上です。

 さて話はいっきょに世紀末に飛びます。21世紀を翌年に迎える年末のある日、そんな幼少のカワイイぼくを大興奮させ、以後の映画人生(それ以降の映画の好みっていうことです)までも決定つけた「アラモ・あるいはアラモの砦」のビデオテープを見つけたのです。

 しかし、アーいま思い出しても悲しいのですが、イトーヨーカ堂東久留米店2階にあるレコード屋で見つけたそれは、なんとも悲劇的でした。なんとね、それは980円均一のワゴンにあったとです。口調が九州弁になるほどの衝撃でした。しかもワゴンの一番下、くずのような扱いです。

 「なんてことをするんだ」とばかし、そばにいる店員を睨みつけましたが、店員は、またおかしなオヤジがきているとばかりに、フンと片頬で笑って、こともあろうにあっちを向いてしまったのです。 無視されました。

 怒ったぼくは、そいつに真空飛び膝げりをくらわせましたね。顔面を恐怖と苦痛で固まらせている青二才を、それこそ無視し、それでもキチンと980を払ってテープを買い求めたのであります。

 えと膝げりはですね、いつものごとく感情表現のそれで、実際はおこないません・・

 なんだかこういうふうにいちいち「おことわり」をするのも疲れたな・・


 とにかく意気揚々と帰り、はやる心を抑え、キチンと愛犬との散歩を終え、そんでもって身を清めるために一番風呂をもらい、準備万端やっとのことで鑑賞会とあいなったのであります。

 ・・・・・・・・・・・・



 鑑賞の初め、そして中盤、さらにおしまいへと続く内容とぼくの心の揺れ動きを詳細に説明しようとすると、それだけで一冊の文庫ほどの量と中味となってしまうので、紙幅の関係から、残念ですが今回は省きます。

 ん?何処に紙幅の制約なんかがあるんだ?とマーク一杯のあなた、少しは空気をつかんでください。いったいなんの空気だ?とマーク一杯のあなた、あなたがただしい。??なんだかわかんないあなた、あんたもただしい。

 まっ、とにかく、衝撃的だったということでやんす。でね、皆さんにお伝えしたいことはね、ここが本日の要(かなめと読む)なので、聞き漏らさない・・違うな、見もらさないでほしいのです。

 映画や観劇で大事なことの一つは、劇場の大画面での臨場感溢れる鑑賞、あるいは、役者の汗が感じられる観劇です。もちろんそれら物理的な設定はたいへん大事で、それは否定のしようがありません。

 ただね、同様に心の設定も大事なんだなぁ、ということ。つまりそれは、ひとりひとりの設定でね、劇場の立体構成のような、みんなが共有するものではなく、自分ひとりの設定を心掛けてほしいのですね。

 どこで、どのような環境で楽しもうと、その日そのときの自分が、とても素直に、受ける感激に対してこころを開くことができるか、それを考えてほしいのです。 なんだかうまく言えないね。ごめん。

 とにかく残念なことに、いまのぼくは「アラモ」見るべきではなかったようです。ほんとに残念だけど、いまのぼくには980円の「アラモ」が適当だったようです。

 

 

             文教堂へ気分を買いに 6/17

  なんだかねぇ「こんなタイトル付けていていいんかなぁ」と、少し考えましたが、とにかくそのままにしちゃいました。

 そうねぇ、少しは・・・イヤイヤほんとはね、けっこうこれが、カッコつけてやろうと、常日頃考えているんです。だからね、ドーーーンとタイトルで引き付けてやろうってな感じで、付けるんです。

 ちょっとカッコつけるけど、ぼくにとって文字は言葉同様、つまり感覚だからね。

 もちろんぼくの文章は、キチンとしたエライ作家先生のそれとは比べようもなく、比べることもなく、比べられるだけでも迷惑と言われそうでもあり、とにかくぼくはぼくなのです。

 でも迷惑はお互い様で・・・

 まぁそのへんはともかく、最近、特に気をつけているんだけどね、あまりにもシャチコバッテ、文章表現を整えようとすると、整えることに精神の86%が行ってしまい、つまり伝えたい内容のキチンとした部分が、残りの14%になってしまうのです。

 あっ、これはあくまで位置ズレ脳みその持ち主で、それでも学術的コミュニティの末端でウロウロしているオッサンの場合、ということですから。そこんとこよ・ろ・し・く。

 またまた突然です。じつは今朝起きて、急に妹の子供Kのことが頭に浮かびました。

 なぜあたまに浮かんだかというと、Kは5年生で、移動教室(昔の修学旅行)に行っていて、それでもってそこからハガキを書いてよこしたのです。5年生のこどもからもらった旅先からのハガキが、なんだかとても感激でした。

 最近のぼくはね、そんなことでもすぐ涙するのです。もっともKにはイロイロあってね、そんな感傷が真珠のようなそれになったのではありますが・・真珠がどうかしましたかぁー

 まぁ、真珠はともかく、ぼくの小鹿のバンビのようなカワユイ心臓が高鳴り、そんでもって、ここはひとつ、すぐさま返事を書かねばなるまい。なーーんて思ったのであります。何か文句ありますかぁーーー

 イカンイカン、なんだか今日は妙に突っかかりたくなるな、反省反省反省。

 とにかく土曜日でもあるし、仕事は半日で終わったし、娘が大手出版社に勤めているので本は向こう半年は毎日2時間読書にあてても読みきれないほどあるし、けど、けど文教堂に行こうと思ったのです。

 んん、まてよ、いまの説明では、なぜ文教堂に行くかという説明が不十分であるな。っていうかぜんぜん説明になっていないな。

 っていうか、気分の問題は説明がつかないのですね。

 Kは、時折、思い出したようにぼくを「おとーさん」と呼びます。ツライッス。
 

                             

 

                              日本人の品格   6/16

  プログ記事をみながら。

「うーーん・・これって違うなぁ」

 とばかし、片手を頬に置き、眉間にしわを寄せ、もう一つの手でおでこをペタペタ叩きながらおじさん考えました。

 じつはね考えるのは久しぶりなんです。ヘヘ、いつもは感じたことを、ただ書き連ねているだけですからね。、

―法に触れなければ何をしても良いという考えは日本人の品格に合わない―

 なんとそんな大胆な記事を見つけました。NTTレゾナント(gooの運営会社)がアンケートをまとめたそうです。

 これはね、なんと恐ろしいことに、日本人の品格・道徳観に関するインターネット調査だそうです。

 調査項目は「電車の中での化粧」「あいさつをしない隣人」など10項目から、日本人の品格からみて望ましくないと思うことを、最大3つ選択させたらしい。回答は10―70代の男女約2100人から。

■ 「たばこの吸い殻の投げ捨て」           42.4%  1位

■ 「法に触れなければ何をしても良いという考え」 41.9%  2位

■ 「高齢者が立っている前で座り続けている学生  34.1%  3位

 あのですね、ぼくはいつも、普通の人とはちょっと違う位置ずれ脳みそではありますが

「アンケートってさぁ、なにか意味のある結果をだすことで成り立つんじゃないのかなぁ」

 などと生意気なことを言っているのであります。そこで考えました。このアンケート結果を、みんな、どんな風に思いながらみてるんだろうってね。

■ そうかぁ、なかなかみんなしっかりしてんだぁ・・

■ ほほう、若い者もまんざらではないな。

■ ってゆーかぁ、どこで化粧しようとかってじゃん。いいじゃん。

■ こういうの見てるとウンコしたくなっちゃうしぃー・・

 とまぁそんなところじゃないでしょうかねぇ。

 でね、さらに、アンケート結果に続く以下のコメントなんだけど、これはちょっと違うんじゃないかなぁとおもうのでアリンス。
 
 「ライブドアや村上ファンドの事件が相次いだことで、「合法なら何をしてもという考え方を、好ましくないと感じる人が増えているのでは」と、NTTレゾナントは分析している。」

 えーとね、はっきり言います。その程度の分析ならやめた方がいいね。

 これはぼくの感じだけど、多くの人々は、堀江さんや村上さんのことを、それほど悪い人とは思っていないよ。

 それよりね、権力を利用して邪魔者を叩き潰す姿勢がチラチラと垣間見える現実をさ、賢い日本人は、敏感に感じとっているんじゃないかな。
 
 

 

              「イザ」立ち上がらんと! 6/15

  「雨があがったようだね」

 だれに向けるでもなく、ときどきぼくは思ったことを声にします。

 あの、ぼくにとってそんなことは、毎日の普通の出来事です。そこいらはたぶん、何時も一人で行動しているところあたりが、その原因なのでしょう。

 なにせ一人仕事で関東近県を、あっち行ったりこっち行ったり飛びまわっていると、ふっとした瞬間に孤独感を感じるのです。ほんとです。それはね、またけっこう、おじさんのバンビ心臓を締め付けるのです。

 さて昼過ぎからの雨は、夕方までは心地よい風を運んでいました。もちろんいまでもまだ風はあるけど、でもいまの風は少し冷たいね。

 突然ですが、メディアの権力者たるゆえんは、その一方通行にあると、今でも強く信じています。そんな昨今、産経がなんともだいたんな企画をぶち上げました。「イザ」「 http://www.iza.ne.jp/ 」っていうやつです。ブログ連動で、双方向性をも、将来的には充実させていくとのこと・・・
なんとも頑張っているね。

 でもね、それはすくなくとも、メディア自身の延命策からは、ちょっと横道である気がするな。

 どれひとつ乗っかってみるかと、なんでもすぐ飛びつくおじさんは、眠い目をこすりながら投稿文章をエントリー中です。

 ちょっとばかし様子をみてみます。ひょっとしたらとんでもなく前途多難な実験かもしれません。あるいは、団塊の世代のオッサン達に意外と評判で、それでもって大いに発展する、なんてことになるかもしれませんよ。

 とにかくもてるメディア力を、とんでもなく発揮して、いわゆるIT企業にまけないコンテンツ提供しつづけてほしいな。

 今回はすこし長いお付き合いとなるかもしれません。

                       保守反動 勝
 

 

                          雨の日もカッパをきて・いや着ないで  6/14

  雨の日も風の日も台風の日だって、ぼくは散歩を欠かさしません。自慢だね。

 自慢て言えば夏の暑い日の散歩はね、どちらかといえば、それはぼくよりも犬の方がたいへんなんで、だからそんな日は、犬のほうがより自慢なんだろうね。

 「しょうがねぇなー、付き合ってやるか」なんてね。

 ほんとはさ、夏なんかは朝早くの散歩が最高なんだね。だけど、ぼくは仕事でけっこう早くに出かけるんで、だから早朝散歩がザンネンだけどできないのであります。

 さて関東地方、この先しばらくは雨が続きそうです。そうなると例のあのカッパをまとったお犬様を、あっちでもこっちでも見ることとなります。

 まったくあの光景はイヤだね。犬達はいやがっていないのかなぁ?ちいさいころから雨の日はカッパを着ることが常識になっていて、だから違和感が、ぼくには・わたしにはありませーーーん。

 てなかんじになるのかね。あの、はっきり言います。少なくても我が家のケンタクンは、雨の日は、正しくびしょぬれになって散歩をします。もちろんぼくもびしょぬれです。えっ、なぜって。

 はい、ぼくは人間なのでカッパは着ますが、でもそのカッパはホームセンターで上下980円のヤツなのです。だから10分も歩くとすっかりカッパの下まで水が浸入し、したがって精神もすっかり冷たく悲しくなるのです。

 けどそんな冷たさや悲しさは、だから散歩をやめる口実、あるいは傘をさしたキケンなアブナイ散歩の口実にはなりません!

 あのね、散歩のときの傘がなんで危ないかというと、両手がふさがるからです。

■ たとえばとつぜん、悪漢がよこから襲ってきたらどうしますか?

■ たとえばとつぜん、草むらから蛇がでてきて鎌首を持ち上げたらどうしますか?

■ たとえばとつぜん、雑木林で遺産の争いから第三相続者に殺されて遺棄された老人Aの死体につまずいたらどうしますか?

■ たとえばとつぜん、交換留学でフランスから来ているフランス人形のようで木村カエラに似ているジョセフィーヌちゃんが

 「おじさん、雑木林のなかって暗いのね。あたし怖い。近くの道路まで手をつないで一緒にいってくれませんか」

 と、たどたどしい日本語でお願いされたらどうしますか?

 えーと上記最後の部分のどこが危険かは、男性諸君には良くわかると思います。あい。

 まぁ、とにかくいろいろあるので、かさはだめです・・・なんか説得力ないなぁ。

 なんでだろ・・
 

 

                             街の表情はうつむいて  6/13

   少しばかり気落ちして、そんでもって下を向き、ときどき「チェッ」とかいいながら街を歩く、あるいは3丁目の、陸橋の上から、夕日をじっと見て涙を流す。そんな人が、けっこう多かったのではないでしょうか。

 ちょっとキザだけど、なんだか街もうつむいている。そんな一日でした。

 やはりね、一生懸命応援すればするほど、きっとうつむくんだろうね。けどぼくはね、試合の結果はともかく、街が表情をだすのがうれしいのです。いつもは無機質で無頓着で無干渉な街がね、大げさだけど、みんなの感情を汲み取り(たぶん)悲しんでいるのがうれしいな。

 いつもいつでも、けっこう気合をいれて街をみているぼくは、街が表情を出すってことに、おおいなる関心をもっているんです。

 たいていの大人は、いつもはそれほど表情をだすことが少ないんだね、さいきんは子供までも表情がない。そんなことを言う人もおおいよ、だからさ、子供や多くの大人が、自分を、内なる思いを、外に出すことがうれしいのです。

 あの、ぼくの言う表情は、ふつうにだす喜怒哀楽の表情とは違うんでね、まてよまてよ、そーか、そこは少し説明がいるかもしれないね。

 たとえば何かに夢中になっているときなんかそうだよね。無意識っていうか、ちょっと違うけど、たとえばわれら親子の遺伝現象で説明するとね、ぼくやぼくの娘は、何か工作をしているとき(折り紙・お絵かき・買ってきた本箱の組たて)は、口から舌先がちょこっと出ているのです。

 はじめて娘のそれを見たときは、鳥肌が立つほど感動しましたね。

 まぁそんなことはどうでもいいか。

 損得なしで感情をだすことが、とっても不得手になっているわれら大人は、機会を見つけておおいに発散するべきなんだ。もっともそれがスポーツならともかく、豆みたいな島をめぐって、

 「俺のだ」
 「なに俺のだ」

 なんていうのに感情をむきだしにしては困りもんでね、そこいらは普段の大人のままでいてもらいたいね。

 次の試合は何日後かな?、すこし街も落ち着いて、平常心を取り戻したころに試合があるといいな。

 こんどは、いったい、街はどんな表情をみせるんだろう
 

 

                   二つのバイオリンのための協奏曲 イ単調 ヴィヴァルディ  6/12

   「オイ、朝からなにしてんだおめぇ」 「ナンダこの記事のタイトルは」 「ナメンナヨ」

 なんて突っ込まれそうですね。ヘヘ。

 いえね、けっこう神経が繊細なぼくは、あまりにも好きな音楽が流れていると、ついついそちらにね、もてる精神の85%ぐらいが行ってしまうのです。だからね、よくわかんないクラシックをBGMで流すほうが、それはそれで、そっち方面の精神利用は15%となり、残りの85%がお仕事に充当できたりするのです。ずいぶんと安定するのであります。

 まぁ、それでもぼくの85%でありますから、たかが知れてますけどね。

 皆さんはどうなんでしょう、ぼくと違って、やはりやらなければならないことに集中できなくなってしまうのはいっしょだけど、決定的に違うのは中味がまるっきり反対ですからね、ザンネーーーーン。ということでしょうね。

 私って軽音楽に興味があって、しかもよく知っていて、音符なんかも読めちゃうし、楽器は小さい頃からピアノとヴァイオリンをやっているので、クラシックなんかも大好きだから、だから・・

 だからBGMで、バックで「マツケンサンバ」を流しています。なんてな人がおおいんでしょうね。キット。意味わかったかなぁ。しんぱいだなぁ。まぁ、いいや。

 さてさて、そういえば今日は闘いの日であります。話が突然変わってゴメンナサイ。あのね、今日はね、なんとわが国が、憎き敵国である豪州との闘いの日なのでありますね。なんとしても勝たねば、恐れおおくも陛下に対し申し訳がたちません。バンザーイ。なのです。

ちょっとまずいかな?またそういうことを言ってると

「貴様ーーコノ非国民メ!陛下を愚弄するか!」 手打ちだ、手打ち!

 なんかいいながら、いきり立った声を頭のてっぺんから出して、モヒカン頭の小坊主どもが私を襲撃するかもしれません。気をつけないといけませんね。言動には。はい。

 しかし小坊主の怒りは誤解で、じつをいうとここだけの話ですが、ぼくはメチャクチャな、いわゆる右翼少年だってこともあるのです。

 小さい頃、父に、

 「キミ、朝日みたいな、赤新聞は読んではいけないよ」などと言われてぼくは育ったものですから。当然です。その父は後年、某総合雑誌に特集を組まれ、マッカーサー暗殺の首謀者とされてしまいました。ほんとです。あっ、違うな。記事はほんとだけど真実は違うが正解です。

 さて闘いですが、後2分ぐらいで番組が始まります。いま興味があるのが視聴率です。もちろんいまの視聴率がそれほど根拠を持たなくなっている現実もありますが、それでも発表されるそれは、他との比較という意味で興味があるのです。

 たぶんね、予想するとね、瞬間最大風速は41.57%あたりだな。

 えっ、なんですって、あたりにしちゃあいやに正確な数字だって。いえね、なんとなく語呂がいいんでね。そうしただけです。

 さて、そろそろぼくもテレビ観戦をしようと思います。
 
  「こんな朝はサンタナでも聞きながら」  6/11

 朝から雨ですね。

 いまね、ちょっと思ったんだけど、畑一面に咲いているピン
ク色の雑草も、黄色の綺麗な花も、きのうとゼンゼン違う花に
感じています。

 これはきっと、朝からしとしと降っている雨がその主な原因
なんだろう、なんて考えたけど、たぶん違う気がする。ときど
きの雨が、ぼくの気分をそんな風にさせることものあるけど、
きょうの気分は、うーーん、ちょっと違うかもしれないな。き
っと違うんだろうな。

 みな様にもありませんか。そんな日が、そんな雨の日の朝が。

 屋根裏のマイルームで、あさからサンタナのCDを、少し音量
をあげて聞いています。聞きながらキーボードをたたいていま
す。

 小窓の先の雨をながめつつ、アカプルコの夜明けが見たいなど
と、わけのわからないことを考えています。

 ほんとはね、ブレンダ・リーの「この胸のときめきを」なんか
聞きたかったんだ。けど、そうすると、はてしなく気分が内側に
入り込んでいくようで、正直不安になり、でね、軽快なリズムが
まんまんのサンタナをチョイスしたわけ。だけど・・・・うーー
ん、サンタナじゃあどうにもなんねぇえなー・・じっさい今日は。

 からだは軽快だけどは精神は軽快ではなく、かぎりなく警戒方
面に進みつつあるな。うーーん・・きょうは唸ってばかりだね。

 突然だけど、ぼくはね、ぼく個人をじぶんとして認識した記憶の
最初から犬と一緒でした。少し悲しい結末だったけど、「ション」
という犬は実在したのです。

 少し複雑な環境だったぼくは、犬が唯一の友達で、しじゅう一緒
でした。でね、とても悲しいことなんだけど。たぶんいっぱいあっ
たであろう楽しいことや嬉しいことより、喜びや感動より、ぼくの
幼少の記憶はジョンの悲しい死で埋まっているのです。

 困ったことにそこいらがぼくの原点となっているらしく、ときや
場所を選ばず、その記憶がぼくの感性を突っつくのです。弱っちゃ
います。

 まぁ、でも、そのへんのところは、あまり人様にお話することで
もないのでね、胸のうちにおさめています。ただね、ちょっと思っ
たのだけど、わずかに残っている楽しいそれや嬉しかったそれは、
せめて子供や孫には話してもいいんじゃないでしょうかね。みな様
にもほんの少し。

 夕涼みをしている大人に混じって、ぼくは縁側で、ジョンを相手
にふざけていました。そのころからぼくは普通に犬を相手に会話を
していたのです。

 「ジョン、ほら、あそこ、光ってるぞ」

 犬はきょとんとして、空飛ぶ光る小さな物体を手で(前足で)空
中をかくようにして触ろうとしています。

 「バカ、つかまんないよ。おまえなんかに」

 そうです。いまごろになると庭先で蛍が飛び回っていました。た
いていの家では庭先の蛍をみることができたのでしょう。ふつうに。

 飛び回る蛍が手の先にとまり、フワッフワッと黄色く光るさまは
・・うーーーん、どう表現したらわかってもらえるだろうかなぁ、
このへんがエライ作家先生との差がでるところだね。申し訳ない。

 とにかくね、手の先で光る蛍のピカピカは感動です。ただそれは、
それ相応の場面設定が重要でね。デパートで買った蛍を、こういっ
ちゃあなんですが、高層マンション143階のベランダで見るのと違
うのです。

 あっ、もちろん高層マンション143階に住むことが悪いといって
いるんじゃありませんよ。そこは勘違いされないようにね。

 外は雨、まだ雨はあがりそうにないです。でもすこし小降りにな
ってきたかな、3階の屋根裏はこれから厳しい夏を迎えます。雨は
その意味で歓迎です。

 CDをかえました。オールディーズベストNOが収録されているやつ
に。


 いま「Calfornia Dreamin」が始まりましたよ。

 

 
 
「聖職者のみなさまごめんなさい」   6/10



 突然ナンダ!いったいどうしたんだ!
 とうとうとんでもないアヤマチをおかしてしまったのだな!

 公安に捕まったか!
 飼い犬と一緒に風呂に入って背中を流させたか!
 
 ・・・・・あのねぇ、聖職者と犬の風呂とどういう関係があるんですかぁ・・

 まぁ、いろいろとみな様が想像されることはかまいませんがね、そんなんではありません。おじさんはこうみえても、けっこうキチンとしてるのです。

 えっ、どうキチンとしてるかって。それはあなた、たとえばね、たとえば

1 毎日3度もウンコをしない。

2 授業中よそ見をしない・・・ちがった運転中だ。

3 毎朝キチンと、飼い犬に日本語で挨拶する。

4 飼い犬にご飯をあげるのを、年に一回ぐらいしか忘れない。
 
5 女子高生のお尻をずーーーとみたりしない。

6 たまにすれ違うたぶん近所に住んでいる石田ゆり子にそっくりな若妻
  風小さな犬抱え散歩人に、いつかケンタクンをだしにしてお話をさせ
  ていただこうなどといったとんでもない悪だくみはしない。していない。
  これから先もしない。ぜったい。

7 近所に住む友人の腰の痛みは、きっと悪霊がとり憑いているか、あ
  るいはなんか悪いことをしているに違いない!なんて思ってもみ
  ない!

8 朝起きて窓をあけ、うぅーーんと背伸びをしたときにオナラをしない。

9 孫があまりにもかわい過ぎるので親が見ていないときに顔をなめた
  りしない。
 
 もっといっぱいありますけどね、今日はこのへんでおさえておきます。
 
 聖職者にごめんなさいとは、じつは昨日、キリスト関係のみな様にはたいへん不愉快な思いをさせてしまったかもしれないからです。
 
 あのねぇ、ぼくはけっこう、こうみえても正直に、ぽくの書いたり言ったりしていることは冗談も嘘もあるので、そこんとこキチンと押さえてださいと、常日頃からと言っています。それなのにそれなのに、ときどきキツイお叱りのメールとかがくるんですね。
 
 たしかに、本人が聖職者と思っているみな様には、たとえはたから見るとただの詐欺師としか思えないような人でも、聖水をお小水で間に合わせてしまったなどという表現は不愉快かもしれませんよね。
 
 あっ、こういう書き方をすると、また明日キツーーーイメールが怒涛のごとくやってくるかもしれませんね。ふう。
 
 ずっと以前ですが、インターネット創成期に「ラディーカ」というメールマガジンがありました。いまでも検索エンジンで調べればヒットします。日刊で読者は1万人ぐらいいたのではないでしょうかね。ぼくはそこでコラムを書いていて、やはり聖職者関係の記事で怒りのメールをたくさんもらいました。
 
 まぁ、怒るのはけっこうですがね、あのね、正直言ってなんだか的外れなご意見も多いのです。そんなときおじさんは、少しぼーーーっとして遠くの空を眺め、うおぉーーーーん、オオカミの遠吠えをします。飼い犬もここぞとばかしうおぉーーーーーんと吼えます。近所の普通の大人たちは、また始まったと窓を閉めます。
 
 えと、生殖関係・・もとい、聖職関係方面の方々は、もう少し、ひろーーーーいこころと寛大な精神を持ってほしいのであります。市井のおじさんの独り言になど、いちいちお怒りにならないでつかわさい。
 
 えーと、突然ですがぼくは今日疲れています、仕事をし過ぎました。頭も使いすぎました。カレーライスを口惜しいので3杯食べてしまいました。
 
 えーと、また突然ですが、カミサンがこの春先にタイ国にいきました。帰ってくるなり「東京は寒いわねぇ、さむさむい」などと、田舎もんがはじめてハワイに行ってきたようなことをぬかすのでいってやったのです。
 
「あたりめぇだ、タイはむかしシャムいって国だったんだ」と
 
 でも、脳みそがその身体と同等の発達をしなかったカミさんには、ぼくのしゃれが理解できず、きょとんとしているので、左の回し蹴りを首筋にうちこんでやりました。
 
 今日は疲れているし、聖職者が近所をウロウロしていそうだし、猫はさかるし、ヘリコプターが意味もなく低空を飛んでるし、いろいろで精神がいつもよりさらに不安定になっております。
 
 でなんだっけ、そうそうタイ国にはね、むかし、山田長政というエライ日本人がいたのであります。ぼくの時代の教科書には、シャムの国王にもなれた人だと書いてありました。しかーーし、いまそういうことを言うと、両国関係ににひびが入るのか、そういう話題は一切聞かれませんね。正しい歴史認識とはなんぞや・・
 
 山田さんはシャムの国王の娘を、国王からぜひにといわれて嫁にしたのです。であるからして山田さんは、国王の息子でありました。王子様です。ぼくの教科書にはシャム服を着た山田さんが、おおぜいの家来を引き連れて、シャムの国民を睥睨している絵が書いてありましたよ。
 
 さてと、疲れたから寝ます。聖職者のみなさま、どーーーか丑三つ時に、白装束で、呪文をとなえながら、カチンカチンと釘など打たないようにお願いします。

 

 

                        「クラヤミ星堂」  6/09

   なんだか怪しげでしょ。これね、じつは看板なんです。看板の文字。

 さいきんおじさんは、なんとも看板方面に注意がいくようになってきているんです。

 別に理由はありませんけどね。しいて言えば、このあいだの・・・

 あっ、そうか初めてこの記事を読んだ人にはわからないね。つまりちょっと前に電柱広告関係の話を、ダラダラと書き綴ったのです。

 でもって、その後遺症からか、なんだか電柱広告が気になって、ついでに建物の横についている看板にも目がいく、なーーんてなことになっちまったわけです。

 これがけっこうストレスでね。道を運転していても、ほんとうはキチンと前を見て運転しなければいけないのに、しじゅうよこちょの看板を指差し確認するといった。おそろしい看板観察男になってしまったのです。

 運転中に目に付く看板を指を差しながら

「大高不動産」  
 なにぃー、高けりゃいいってもんじゃねぇだろー、ナメンナヨ。

「気圏薬局」   
 バカヤロー、薬局がキケンなもの売って商売になるんか!アホッ!危なくないもの売れ!コノヤロ!

「高居根米店」  
 テメェ、人をナメンノモいいかげんにしろよ。安居根米店に改名しろ。ウンコめ!

「スーパー万」  
 アノネェ・・おじさんほんとに怒るよ。そういったふざけた名前をつけてると。クリプトン星に帰りなさいね。
           
 なんてなことを気がつくと言ってます。アブナイオヤジが、さらに本格的アブナイオヤジへと進行ちゅうです。

 さてここからが今日のお話、そんな感じでアッチコッチの看板に文句を言いながら移動していたのですが、とある場所で(正確には怒られそうなので言えません)なんとも奇妙な看板を見つけました。

 看板の表記は「クラヤミ星堂」です。そう見えたのです。

 建物はふつうの3階建て。入り口はちょっと小さめで、暖簾とかちょうちんはありません。

 ちょっと考えました。この看板から、ひょっとして・・

1 魔界の人々の秘密の会合場所
2 宇宙の彼方のクラヤミ星人の東京における星人会(これは県人会と 
  かと同じ意味です)事務所。
3 アブナイ占い師の占い場所。
4 魔界を信奉する新興宗教の隠れた本部

 どうみても清く明るく正しい未来を感じさせる看板でないことは確かですよね。

 そこでおじさん意を決しました。これはとことん解明せねばなるまいと。

 それですぐに建物のちょっと先に戦車を止め・間違えた車を止め。もしもの場合にそなえて、首にぶら下げている魔よけのおまじない(マミーがくれたお守り袋)を確認しつつ、両手に十字架・口にはにんにくのすりおろし・聖水がないので、かわりにお小水を・・・・

 あのぉー、怒ってサイトをかえようとしているそこのアナタ、ちょっとお持ちください。

 ぼくの文章はね、こういっちゃあなんですがね、ときどき、えとほんとにときどきですよ、これが冗談がまじっちゃうんですね。困ってるんですぼくも。はい。

 であるからして決して、ぼくの文章のすべてがキチンとした正しいものであると決め付けて、すぐに街に出て、「すーぱー万」なるスーパーなどマントをつけて探しに行かないでください。お願いします。

 えと・・話はどこまで進んだんだっけ・・

 おーーそうか、それでね、その怪しい建物の前で、にんにく臭とお小水を撒き散らしながら看板を睨みつけていると・・ん?なんだ?

 ちょっとまってくださいね。これはひょっとしたら「クラヤ三星堂」ではないでしょうか。近くでよくよくちゃんと見てみると「クラヤミミミミミミ・・でなくて三三三三です」ですねぇ。

 あのさぁ、これってぼくの早とちりだけではないとおもうよ。だってミが限りなく三にちかいもん。これってまずいよなぁ。善良なおじさんを戦士にしてどうすんの?ってかわいく石田 ゆり子さんにいってもらいたい。

 クラヤ三星堂さん、疑ってごめんなさい。

 

 

          いくつもの魂が・・ 6/08

 
 住まいのそばに雑木林があります。

 けっこうの広さでね、今の時期は、むせかえるほどの新緑の香りで一杯です。とくに雨あがりはいい匂いがしますよ。

 地元の人は雑木林を「山」と呼びます。少し前までは、それこそ、「山」と呼ぶにふさわしい環境だったのでしょう。

 いまでもね、草木におおわれる初夏には、そう、ちょうどいまの時期ですね。とにかくその「山」の真ん中まで入っていくと、すっかり人工物が見えなくなります。

 それでね、そんな場所でふかーーーい深呼吸などしていると・・・・

 ちょっとまてよ、深い深呼吸という表現はちょっとおかしいやね。んんん、でもなんだな、たとえば浅い深呼吸・軽い深呼吸・目一杯の深呼吸・浅漬けのしんこ食う・・・

 まぁ、最後のはいつもの冗談としても、そんな言い方ってするよねぇ、どうなんだろう。まっ、それはさておき、とにかく「山」で深い深呼吸を続けていると。さぁ、たいへん。なにがたいへんかって。

 あのね、ここだけの話ですがね、あまりおおっぴらにブログなどで言っちゃあ、それこそ叱られそうですがね、なんと、そこいらにですよ、ピョンピョン魂が飛んでいるのがわかるのです。いっぱいいます。

 魂の色やかたちはね、はっきり言ってわかりません。見たり触ったりできないからとうぜんです。けど存在はわかるんです。これはまことに不思議なことですがね、じつを言うと、なんとおじさんはこの魂とやらに何度も助けてもらってます。

 「ドウ助かったんだ! ドウ感じるんだ! ドウわかるんだ!」
 「ナメンナヨ!」

 と、たいていの大人は言います。いけませんねぇ、そういう大人はモテませんよ。アーータネェ、木村カエラみたいなカワイイ子にモテたかったらですよ、嘘でも

 「あのさぁ、ぼくね、なんだか魂を感じるんだ、キミといると」

 なーーんかいっちゃうんですよ、そうすりゃぁモーいちころ・・・・
ムムムム、ぼくはいったいなんの話をしているんだ!イケナイ・イケナイ。

 えと、あの、ぼくの文章はときどき暴走します。が、それはおじさんの本心です。すまんことです。

 まぁ、とにかく魂はですよ、アッチコッチにいることは確かでね、それでもってふだんのおこないの良い人には、けっこう手を差し伸べるのです。反対に、ふだんのおこないのうんと悪い輩には、きつーーいことをします。

 ぼくはふだんから、いろんなことにキチンと対応するし、正直だし、北にHPの作り方がわからないとなげく友人がいれば手を差し伸べ、南に飼い犬が吼えて困り、明日にでも捨てに行かなければならないという人がいたらその犬をもらいうけ、東に便秘でこまるという知人がいればいちじく浣腸(大人用・6個いり)をとどけ、西の、反対に「日に3度もウンコがでてたいへん困るのです」という友人Sには、内緒でウンコが止まるおまじないを教えたりしちゃうんです。

北 H・N氏 南 O・H氏 東 T・Y氏 西 Y・N氏

 だからね、ぼくみたいな良いおじさんには魂は友達で、雑木林でいろいろな会話を楽しむことができちゃうんです。もちろん心の中でね。

 そのこころの中での会話はといえば、犬族も大とくい、いっしょになって会話がはずみます。

 ときどき悪徳黒ガラスが、魂の必死の制止を聞き入れず、我々の会話に入り込もうとしますが、優しいおじさんは

「まぁ、いじゃあないですか。いまは子育てで大変時期、悪徳さんたちも気休めにおはいんなさいな」なーーんかいってその度量の大きさを誇示したりしてしまいます。

 「なぜ魂が必死になれるんだ、死んでいるから魂なんだろう」

 なんて屁理屈をこねている悪徳おじさんには、わかならいお話でした。チャンチャン。
 

                       何かをたずねるとき  6/07

   ほんのちょっと前まで、僕もよく人に、いろいろとわかなないことをたずねました。今でもね、たとえばその人に聞かないと、他の人では絶対にわからない・・なんてなことがあれば、それはたずねます。

 でもねぇ、さいきんちょっと思うんですが、何でもかんでもかたっぱしから、そのつまり自分で調べるのがおっくうなので聞いちゃう。そんな輩が増えていると感じませんか?

 オッサンはね。ここんとこそんなことによくぶつかります。

 あのさぁ、オッサンはね、字引じゃありませんよ、だからとにかくできる範囲で一生懸命しらべて、そんでもってわからないときはオッサンにたずねなさいね。そしたらけっこうよろこんで、優しくおしえたりします。

 オッサンは字引とまではいきませんがね、そこそこ物知りですから。

 なーーんか言ってると、友人の家の隣の家の知り合いの兄弟のいとこが(つまりほとんどしらない人ということです)、これが年の頃は30台中頃の木村カエラに似たいいオンナ。その人が、なんとオッサンに声を掛けてきました。顔が知的過ぎるのも罪かもしれません。はい。

 「タイヘンダーテェヘンダーオヤブーーン」と心の中だけで叫び、しかしながら顔は平然と構え(この辺は年を重ねるごとにマスターできる)そんでもって、エヘンと軽く知的な咳をかましたりして答えました。

 「あーーどーうかされましたか?」

 なーーんて、普段言わない口調でお返事したりしちゃったのです。

 とにかくこのような木村カエラ似の30代中頃までのオンナの人であればね、あのね、はっきりいますが、無理にできる範囲で調べものをしたりしてはいけませんね。

 なんでもかんでも、いいからとにかくお聞きなさい。近くによって。できれば触れんばかりまでそばによって。はい。

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 あの、きっと理性のアル、中年の女性読者は、上の辺りまで読んで、サイトをかえたでしょうね。きっと。オコッテ。

 「ふざけないでよっ!タクッ!なにがカエラよ!ガマオヤジが!」

 あっ、何もそんなふうに言わないでも・・えと、あの、ぼくどこかでお会いしましたかぁ?

 まっ、しょうががないね。飾ってもしょうがないし。オッサンも男だし、脱ぐとすごいし。そのうち戻ってくると思うし、カエラは好きだし。

 さてここで話は突然変わります。ぼくがいつでも気にかけていることに、一生懸命ということがあります。これはぼくにとってはけっこう真実で、つまり何かを知りたいとき、なにか疑問があったとき、新しいことをはじめるとき、せいいっぱい一生懸命調べます。

 その方が、誰かにものをたずねるにもいい結果が出るのです。だからね、みな様にもおすすめします。

 

 

                   都合がいからなぁ 6/06

   なにが都合がいいからってさぁ、日本のメディアほど自分勝手に都合よく報道姿勢をかえているメディアはないね。ほんとにそう思う。

 もうちっとさぁ、なんとかならないもんかねぇ。ここんところの報道なんか、それこそいやになっちゃうほどだもの。まったくの手のひら返し。

 もっともはなっから、日本の大手メディアなんてそんなもんだとお分かりになっているみな様には、僕のこのフンガイなんか青白いもんに聞こえるかもしれませんね。

 そんなんで朝から鼻息あらく出かけたのであります。でね、またまた発見しました。

 なにが発見かというとね、これがじつは電信柱の広告のことなんです。みなさんは車にあまりのらないかぁ。ぼくは毎日仕事で乗ります。でいやでもどこでも(都心では最近電信柱がないところが目に付くようになりましたが)電柱君とすれ違います。

 でその電柱には、けっこう目立つ広告がありますよね。その広告ですが、なんと電柱広告の8割がお医者さん関係です。間違いありません。

 「そんなことねぇーーだろーー」と、疑問符だらけなあなた、今すぐパジャマを脱いで外出着に着替え、そんでもって大通りに出てみてください。

 ・・・・・どぉーです。言ったとおりでしょう。

 とにかく医院や病院だらけです。これは電電公社の時代から・・いやいや逓信省の時代から、たぶん医院関係のおエライさんと、逓信省広告関係取締り局の局長が手と手を取り合って、「ぼく達ずーーーと一緒にいい関係でいましょうね」なんて約束をしていたに違いないのです。

 あーーっと、そういう書き方をしてはいけないのだね、限定した物言いはひょっとしてインサイダー・・・ちがった。きっと表現倫理委員会みたいな組織から注意をうけるのだろうね。だから言い直すと、きっと約束をしていたと推測されるのであります。だな。

 でね、渋滞で止まって見上げていると、またまた発見
武田鉄耳鼻咽喉科・花田整形外科・安田ペットセメタリー・奥田総合経済病院・横山石材店・横山大阪知事眼科・石原癌研究所・いつでも霊園・千春北海歯科・墓石の石田・居眠クリニック・早起非尿外科・田原朝日眼科・天国石材・・・・
 
 なにが発見かわかりますか、そうですいくつか医院関係が続くとたいていお墓関係がかならずまじり、そんでもって石材店がそれに続くといった黄金のトライアングルを形成しているのです。

 これを発見といわずしてどんな発見がこの世の中にあるというのでしょう!!

 まあね、いつもみたいに力んでしまいましたが、えと、あんまり僕の書いていることに真剣に取り組まないでくださいね。そこんとこお願いします。

 それから毎日書くのがたいへんだろうと、心配してメールをくれた川崎市のM・Kさん、あの深く考えずに思ったことを推敲もせずにボコボコかいているので、今日の分もここまで正確には24分。もうすぐ終わります。

 あのね、正直なところ、電柱広告の黄金トライアングルには、ぼくは不気味さを感じます。もっともちょっと前まではね、例の質屋関係もけっこう幅を利かせていたらしいのです。

 まあ昨今のご時勢、質屋関係はちと勢いがありませんね。

 ちょっとテーマからハズレてしまったけど今日はオシマイ。

 おっと今気が付いたけど、よくよく考えたら、この発見のことは、以前にも僕のメルマガですこし書いたことがあるかもしれません。あっと、ついでだから僕のメールマガジンを紹介しましょう。いわゆる宣伝です。

 

 

         分水嶺  6/05

   なんだかずいいぶんとむずかしい漢字を使ってしまったな。

 なにがって、テーマのことですよ。まっ、それはどうでもいいことですね。むずかしいのはぼくだけかもししれませんから。

 白状すると、30代前半にこの文字が読めませんでした。ハハハハ・・・
とにかく国語能力がいまだに低いのです。国語能力に加え、大人社会での人間関係能力・規律正しい上下関係能力・電車乗り降りのタイミング能力・エスカレーター乗り降りタイミング能力・電車の切符をただしく降りる駅までキチンと保持する能力・キチンと学校へ行く能力・食事中に便意を我慢する能力等々、能力不足でいっぱいなのです。

 反対に自慢できる能力もいっぱいあります。たとえば

1 からすの鳴きまね
2 犬の感情理解
3 四十雀(シジュウカラ/小鳥)の鳴きまね
4 鳩のそば30センチまで近寄ることができる
5 幽霊を2度見たことがある(霊能力)
6 大型犬と噛みあって相手にキャインと言わせられる
7 スパムメールを瞬時に見分けられる
  (阿部さーん。いいかげんにメール送るのやめてくれー)
8 本の速読(理解の程度は別です)

 なんですね、こうやって書き出してみると、僕の自慢は僕だけの自慢だということがはっきりしますね。それでいいと思ってもいますがね。

 さてと、なんだっけ・・そうそう分水嶺か。
 
 あのね、じつはずいぶんと昔になりますが、ぼくはIT関連の会社で仕事をしていたことがあります。計算受託等の営業をしていました。だいたいは上場会社の計算室をまわり(当時は大手でないと計算室や電算室といった部署が少なかったのです)、システムのソフトや業務データのパンチ業務をいただくためです。

 1970年代の後半から80年頭にかけて、PCバブル(当時はITバブルとは言いませんでした)まっさかりの時代。中小のソフトハウスがめたらやたらいっぱいありましたね。

 けっこうな働きをしていた僕でしたが、人間関係能力の欠如がとっきょ前面に現れ、気が付くと就業中に、大きなフロワーの真ん中で、上席の課長を面罵していました。気が付いた瞬間にこれは夢に違いない、絶対に夢だ、早く目を覚ませと願いました。しかーーしそれは現実で、ひどく怒った顔の課長が

「いいかげんに目を覚ませ」といったのです。

 ぼくのほうこそ「はやく夢から目が覚めたい」と思っているのに、先方から「目を覚ませ」と言われることは、つまり現実なわけで、結局僕は会社をやめたのであります。はい。
 
 それから25年、情報技術はムーアの法則を超えた速度で進展してますね。当時の友人達は、みな、もう分けわかんないなとばかし、ツールとして利用することさえおっくうがっています。

 それでも少し精神が位置ずれしていて、人間関係能力欠如で、犬が大好きで、脱ぐとスゴイからだをしているぼくは、そんなツールがけっこう好きです。

 素人ながらあっちイジリこっちイジリしてけっこう楽しんでいます。

 それでね、ぼくはこのさき、この情報革命とも言われている社会が、しらずしらずのうちに僕達の根本を変えていく気がしているのです。

 あっ、変わったなとみんなが理解認識するのは、たぶん20年後ぐらいだろうけどね。

 そのときそこに、僕は受身ではない僕としていたいのです。

 

 

                  キミは日々成長しているか? 6/04

 
 一週間前の自分と向き合うことが、どれだけたいへん
か・・・だいぶ考え込みました。
 
 しょっぱなから哲学的問題を提起してしまったので、
たぶん善良なる読者のみな様は目が点になっていること
でしょう。
 
 まあ、みな様すっかりごぞんじのように、オッサンは
哲学関係の諸問題を日曜の朝早くから考え込こむ性格で
はありません。・・えと、すこし哲学的になりたいなぁ
と思った時期はあります。ほんの少しです。少し・・・
 
 けど「なりたい」のと「なれるの」との間には、それ
はもううんとでかい谷間があります。目の前の、うんざ
りするほどの厳しい道は、やはりふつうの精神ではなか
なかなか踏破できないのですね。これは。
 
 ん?まてよ、ぼくは精神が普通に近いけど普通ではな
く、谷間関係(誤解のないように書き添えますが、谷間
とは、ほんとうの谷間で、繁華街にはんらんするであろ
ういかがわしい方面の谷間ではありません!)も割りと
好きだし、身体はおかげさまで脱ぐとすごいし、だから
ひょっとしたら、哲学関係に進み、そんでもって野や山
を徘徊することは、それほど無謀ではないかもしれない
なぁ。
 
 それに徘徊はですよ、ぼくにはちょっと先にかならず
おとずれるから、だからね、その事前練習・訓練・準備
にもなるわけ。こいつは一石二鳥だ、すごい。
 
ハハハハハ ハハハハハハ ・・・・・・
 
たぶん、「このオッサンあいかわらずのトンチンカン」
と思っている善良な434万5874名の(数字は嘘で
す)読者のみな様、ドーーーカ気を落ち着かせて、ドウ
ドウ・ドウドウ
 
えと、読み物はね、おちついて、片手に煙の立つ、ほ
んのちょっと苦めコーヒーを、ときおりその香りを味わ
いながら、ゆったりとした精神で読みたいものです。
 
 それでね、今朝、いつものように、休みの日となると
まるで小学生のようにバカ早く起きるオッサンは、ごた
ぶんにもれず外がうすぐらい早朝4時半に起床して、香
りたつコーヒーを片手に、オッサンの雑文とは正反対の、
格調高い文章を味わっていたのであります。
 
 そこでね、えらい先生が、こう言っていました。
 
「諸君、諸君の今日は、今は、一週間前の諸君とは違う
のであります。今の諸君は、一週間という時間をかけ経
験と学習を積んだ諸君です。すばらしい成長をしたので
す」
 
 そこで即座にぼくは思いました。そうか、ぼくも成長
をしたんだと。いろんなことがあったけど、それはそれ
で成長なんだと。だから飼い犬のご飯を忘れたり、友人
との待ち合わせに遅れたり、カミさんに内緒で毎朝ソー
セージを1本飼い犬にあげていることや、娘に内緒で娘
のいい匂いのタオルで顔をふいていることや、コンビニ
で毎日買い食いしてることを、それほど気にすることは
ないのだど。全部成長なんだし。
 
 うーーむ、やはりえらい先生の言うことは違うな、偉大
だな、読者をいい気分にさせるものな、学校の先生ももう
少し偉大になってほしいものだな、毎日生徒に向かって、

「諸君の今日は昨日と違うのです」とか言ってほしいな。

 

 

        

                     仲間 6/03

 

 

 毎日あっちこっちと移動をかさねています。だからぼくは、タクシー運転手の仕事をすることは、たぶんわりとスムーズでしょう。

 移動の最中、ぼくはいろいろなことをしています。一番はラジオを聴くこと。次は本を読むこと。三番目は書き物をしています。

 書き物の内容はね、そうここで書く日記だとか、あるいは別の仕事で必要な書類、それから地球人には理解できない宇宙語で書かれた、タブロイド星雲・ゲビウス星人との秘密通信文、ときどき昼休みなどには、人間に散々いじめられた犬猫族の逆襲物語といった小説・・そんなものを書き連ねています。

 もちろん信号で止まったり、渋滞に巻き込まれたり、公園の駐車場で車をとめてですよ。そこんとこはキチンとしています。

 読む本はね、長編ミステリーだとか、あるいはノンフイクション「医学の先端にて」とかいった、オジサンの位置ずれ脳みそを最大限まで使う、つまり深く考えさすものや、注意力がいる読み物はダメですね。

 車で読む最適な本は軽いエッセイ物です。もっともあまり面白すぎてゲラゲラ笑ってしまうものも、注意力が散漫になるので避けたほうがいいですね。

 品川の西中延から和光市に向かうため、仲原街道を右折しました。すこし時間が押していたので高速を利用するためです。いつもなら2車線の片側を、アッチコッチで停車している車のためほとんど利用できない状態なんだけど、きょうはずいぶんすっきりしていました。

 ほら、れいのあれです。ずいぶんとすっきりするものですねぇ、ちょうど信号で止まっていたら、例の緑のタスキ模様の制服の監視員がいました。生監視員です。おじさんなんだかフフッと笑ってしまいましたよ。

 

 

            オヤジのミス 6/02

  夕方からケンタクンが騒がしいのです。

 どうしてなのか、とにかく一生懸命自分に家族の注意を引き付けさそうとするんです。そこでちょっと考えました。

1 父ちゃんが孫に優しい言葉を始終かけているので、ていうかかけっぱ 
  なしなので、だからしてやきもちをやいている。

2 急に暑くなったので、毛皮のコートを脱ぎたいとうったえている。

3 今日の散歩でウンコを2回したけど、それでももう一度したくなった。

4 初恋のジョセフィーヌちゃんにもう一度会いたい。

5 近所の悪徳黒ガラスが飛来して、そんでもって攻撃をされている。

 そんなところだろうと思い

 「キミねぇ、あのもういい年なんだからね、甘えちゃあいけないんだねこれが」

 と意見してやった。するとこれがじつに悲しそうな目で僕を見るのです。
いままであまり見たことのない悲しい目です。

 少々ぼくはうろたえました。しかーーーし、キチンとした大人になるべく日々切磋琢磨・朝令暮改・戦前戦後・朝礼点呼・徴兵賛成・支離滅裂・毎度のことですが、めちゃくちゃですね。

 まっとにかく、さらに

 「あの、とにかく目標はキチンとした大人になることという健全な目標を僕は持っているので、キミのダマシの悲し目にはこれっぽちもごまかされません!」

 と、少々厳しい意見目で言ってやりました。

 するとケンタクン、なんだかやはり悲しそうに、それでも優しく愛に溢れた目で僕を見つめながら、その場をそっと去っていきました。

 ちょ、ちょ、ちょっと待てよ、そんなんじゃぁ父ちゃん困るさ、あのさぁ、そんなんじゃあ立場がなんか逆みたいじゃない。

 やはりそのしぐさにうろたえ、あまりのケンタクンの悲し目に困惑しきりでしたが、傍らの孫の可愛らしい顔に見とれていたり、夕飯のおいしそうな匂いに、「おーー、今日はロールキャベツか」と期待したり、コマーシャルで流れていた懐かしい曲に身をゆだねていたりしていたら・・・

 ケンタクンのことなどすっかり忘れてしまったのです。ひどいのです。

 さて、ここから話はいっきょに夜中の午前2時に飛びます。

 ぼくは夢を見ていました。時はなんだか昭和初期のような街の風景です。もちろん僕は昭和初期にはまだ生まれていないのでそう思っただけです。

 丸いお膳に家族4人、白いご飯に漬物、そして野菜の入ったお汁といった質素な食事をしています。ぼくは子供でした。庭先にいる犬がうるさく吼えています。

 父は僕に

 「犬に十分な餌をあげられないといっただろ!明日にでも捨ててこい!」

 ぼくは無言の母に、せいいっぱいの目で助けを求めました。なにも言えず、ただ涙を流しながら、助けてて欲しいと訴えたのです。

 母は、やはり無言です。たぶん悲しさは僕以上にあるのでしょう。母の眉間に深いしわが。

 僕は勇気を出し、むずかしい顔で箸を動かしている父に頼みました。緊張と悲しさで叫び声になっています。

 「お願いだ!ジョンを捨てないで。ご飯は僕のを半分上げるから、お父さんお願いだ」

 「お願いだ、お願いだ、お願いだ、お願いだ、お願いだ、お願いだ」

 突然目が覚めました。夢の途中から、なんだか意識が現実と前後しつつ、脳みその奥底にある何かが、僕の位置ずれ脳みそに訴えてはいたのですが・・・

 そうです、なんと僕は、とんでもないことに、昨日散歩帰りに、いつでもキチンあげるケンタクンのご飯を、宅急便と・携帯電話と・悪徳黒ガラスの襲来ですっかり忘れていたのです。

 やっと昨日のケンタクンン悲しい訴え目が理解できました。僕は飛び起き、脱兎のごとく階段を駆け下りました。なんだか胸騒ぎがしたのです。

 はだしで玄関のドアを開けると、そこには優しい目をしたケンタクンが、どうしたのとばかり僕を見つめ、いつもはしたことのない正しいキチンとしたお座りをしていました。

 ぼくは不覚にも涙をながし、優しく、それでも少し力強く抱きしめました。

 ケンタクンはググッツと声をだします。きっとこう言っていたのでしょう。

 「あのさぁ、もういいからさぁ、とにかくなんか食べさせてよ」

 

 

              「オババ」 6/01

   住まいの近くに大きなホームセンターがあります。そこいらのホームセンターが束になってもかなわないくらいの大きさです。・・・・ちょっとおおげさかなぁ?

 まぁ、いいや。それでね、本日そのおっきなホームセンターに出かけました。いつものことだけど、この大きさになると、車を止める場所がけっこう重要なポイントなのです。なにせどこでもいいからと、空いているところに適当にとめると、目的地(売り場)に着くまでに、かれこれ一時間ほど歩かねばなりません・・・・・嘘です。

 どこぞの漫才師に「そんなわけねぇーだろー」と突っ込まれそうですね。
まっ、それでもだいたい見当をつけて止めないと辛いことはたしかですよ。これは本当です。こういったショッピングモール形式の集合物売り場所は、駐車場もとにかくだだっ広いのですからね。

 目的の売り場で買い物をすませ、レジで並んでいると、またまたちょっと気になる光景に遭遇です。この気になる遭遇問題は、僕にとって日常で、しかもその日常がけっこうストレスでもあります。

 レジのオババ  「ハーイ、お次の方ドォーーーーゾ」

 レジのオババ  「ポイントカードはオッッモチデーーースカ」

 気弱なオッサン 「えと、ポイントカードって・・」

 レジのオババ  「ハーーーイ、イイデスヨォーー」 

 気弱なオッサン 「えと、なにがいいので・・・」

 レジのオババ  「ハーーイ・・・アレコレアレコレ」

 レジのオババの言ってることがよくわからず、無言でうつむく気弱なオッサン(あ、これは僕のことです)に、チラッと軽蔑の目を向け、しかもその目の軽蔑さとはウラハラニ、顔はどこまでも笑っていて、それだけ不気味なのでありますが、さっさと計算を進めていました。

 んとさぁ、職業婦人はね、もうすこし市井の気弱なオッサンに対してね、優しくしてほしいのよ。

 それがね、職業婦人のね、その、特徴っていうか、なんていうか、いい表現ができないのだけど、とにかくポイントになるんじゃないかなぁ。

 

 

            「はっとする瞬間」  5/31

   

 はっとすることって、いろいろな場面でありますよね。僕も少し前ですが、かなり緊張した瞬間を覚えたことがあります。

 仕事の帰りに、細い道路から大きな道路へ出るときのことでした。境目の歩道を、ちょっと手前で一度止まりました。このあたりのことはキチンとしているのです。なにせ僕はゴールド免許です。しかもこの10年ぐらい無事故無違反です。すごいのです。

 でね、その歩道の手前でとまったあと、広い通りに出ようとしているときにね・・あっ、ちょっと図で説明した方がいいかな。

 上の図でわかるかな?

 とにかく大きなトラックがね、親切に止まってくれたのです。ぼくは慌てて、急いで広い通りに出ないと悪いなと思ったものですから飛び出しました。

 その瞬間です。右目の端っこに・・・

 その前にさらにちょっと説明がいるな、あのね、狭い道路からはね、歩道の左右が、建物Aと建物Bに邪魔されてよく見えないのです。視界がうんと悪いのです。

 でね、急いで飛び出たものだから、自転車少年の、人間としてのカタチが、僕が認識して、視界に入ったときはね、じっさい遅かったのです。

 でもね、ここで奇跡が起きました。

 なんとエンジンがストップしたのです。で、エンジンブレーキっていうのかなんていうのかよくわかりませんが、とにかく、とにかく車がガタンと歩道の前で止まりました。びっくりです。

 びっくりしている僕の前を、さらにびっくりしたであろう少年Aが、少しうつむきながら顔を赤くして足早に通り過ぎていきました。

 ほんとうの話ですよ。ぼくは嘘をよくつきますが嘘は書きません・・・
とにかく助かって(僕も少年Aも)本当によかった。これ以上のはっとする瞬間は他に記憶がはないなぁ。

 

 

         発熱    5/30

  僕には孫がいます。
初孫です。
これがはやくもけっこう自慢なのです。僕に似て、それはもうりりしい顔をしています。ハハハハ・・

ま、ともかく自慢の孫は、生まれてからズーーーーット我が家にいます。娘夫婦の住まいは別にあるのですがズーーーット我が家にいます。

まことに単純で恐縮ですが、ズーーーットいることの理由なんかはどうでもよく、とにかく孫が家にいることが幸せなのであります。

その孫が始めて熱を出しました。朝からふにゃふにゃしていたのですが、医者に行ったら、やはりナントカという病気でした。

まぁ、つまりほとんどの子供が罹るので、それはやはり子供の通り道といえるような病気のいっしゅだそうで、それでもたいしたことはないそうです。安心です。

医者から帰ってきた夕方には、それでも気分が良くなったのか、ミギャァ ミギャァと元気に大きな声を出していました。やはり僕は、さらにそれで安心をして、とにかくよかったと、遠い空を眺めながら思ったのでした。

 

          携帯電話  5/29

 
娘が電話を便器に落とした・・・
なんで落とすの・・・
想像のしようがないよなぁ、たくっ。

まっ、とにかく落とししまい、ソンでもって流している最中だったので飲み込まれそうになり(携帯電話がですよ)、慌てて手を突っ込んで引き上げたらしい。

であるからしてナントカ、浄水場まで探しに行くこともなく、無事取り戻したのであるが、当然壊れてしまいますよね。

そんなんで、買い物にいくからちょっと父さんの貸してと頼まれ、ぼくはいいよと貸してしまったわけです。

しかーーーーし、娘が出かけた後、急に、ぼくは客からの電話が入ることを思い出したのです。それは大事な商談の返事です。それはこの四半期の業績を左右するほどの利益を僕にもたらすことができる商談なのです。

ウウウウムムムムしばらく唸りました。結果、やはり、僕が心配していたことが現実となり、カミサンに約束していた「和食のとんでん」でウニ丼をたらふく好きなだけご馳走するといったこともキャンセルとなりました。

えっ、なんで? そうお尋ねになりたいでしょうね・・しかし身内の恥は表になるだけ出さないように心掛けているので内緒です。

 

 

 

    雨と匂い 5/28

   少しばかり雨の日が多すぎるね。そんなんで朝から、洗濯物が乾かないとカミサンがこぼしています。

 あのね、ちょっと自慢になるけど、僕は雨が降ろうと、雪が舞い降りようと、強い風のせいで街がまっ黄色になろうと、犬との散歩はお休みしません。

 まぁ、でも、そこんとこはどこのお宅でも同じかな。犬は散歩が大好きだしね、家でオシッコもウンコもしない犬もいたりするしね、そんなことを考えると休めない。

 なーんていって、ほんとは僕の楽しみでもあるんでね。

 それでね、ここんところのように雨が続いたりすると、じつはけっこういいこともあるんです。それはね、匂い。この時期、新緑におおわれた雑木林は、それはももうたいそういい匂いがします。、深呼吸を何回もしたくなりますよ。